このところ、キョーヤが屋上でお昼寝する回数はめっきり減ってしまった。理由はこの寒さと、くもりの連続。

「寒い」

 反比例して、わたしの頬へ大きな手のひらを当ててカイロ代わりにする日がどんどん増えていく。

「冷たいよー」
「すぐ温まる。待って」

 そのままもちもち揉まれるのはともかく、すっかりかじかんだ長い指がひたりと触れるときの緊迫感にはまだ慣れそうにない。情けない悲鳴が出てしまうのを毎回キョーヤは笑うけれど、それは決まってソファーの上。応接室の暖房がまあまあ届くところだった。まあまあ、なのでとても暖かいわけではなく。

 窓の外はどんよりとしたグレー。その窓だって、冷たい空気を運ぶ冷たい風にとことん冷やされている。こんな日が続けば誰だって気が滅入るというもの。

「みどりの頬は熱そうな色だ」

 そう目を細めるキョーヤの頬は、彼いわく「普通」。

 ――なんて要素たちを総合すると、近いうちに風紀委員長は風邪を引いて寝込んでしまいそうという結論になる。そんな悲しいことにはさせたくなくて、自宅のクローゼットやチラシの前で吟味すること約三日。

 その次の日の放課後、それをキョーヤ(また応接室のソファーでじっとしている)に差し出した。冬に元気でいるためにはとことん温めるのが王道だ。

「見つけたよ、キョーヤにいちばん似合いそうなもの!」

 トートバッグから取り出したものを両手で広げきる、前にキョーヤはゆっくりソファーから立ち上がった。

 向こうが透けない厚い生地の向こうからまっすぐ投げかける指摘とともに。

「服装規定違反」
「はい……」
「だいいち、それはみどりが着るものだ」

 のれんをかき分けるようにしてキョーヤは呆れ顔を覗かせる。裾にひらひらのレースがついた白いルームポンチョは、フードをかぶれば羊の耳がぴょんと主張する温かくて可愛い冬アイテムだ。とはいえ、柔らかい裏地の肌ざわりが癖になるという売り文句を追加したところで校則の前にはまるで無力。

 けれど。

 ここで諦めていいのだろうか。素直に言うことを聞きたい気持ちと、キョーヤへの心配がせめぎ合う。今だって彼は律儀にワイシャツとベストだけ着ている。応接室の中でだけでも、追加で一枚重ねるくらい誰も咎めないはずなのに。

「これくらいなら平気だよ。また頬を借りるけど」
「えーっ、これかわいいのに」
「そっちが本音か。それでもだめ」

 わたしの手の上から手を重ねて、キョーヤはポンチョを畳みにかかる。その数秒ですら、昨日より体温が低く感じるのが葛藤に拍車をかけた。見上げると、静かに見つめ返す視線がふっと降りてくる。最近は、昇降口から校舎の外に出るたびに一瞬だけ険しくなってしまう目。やっぱり、頭からふんわり温かいもので包んで守りたくなる。その手段がちょっともこもこした形なのは置いておいて。

 チャンスは今しかない。とりあえずの第一歩、ルームウェアの気持ちよさを知ってもらうには今しか。

 ポンチョを引き取ろうとする指から不意を突いて取り返す。突然引き離された違反物にキョーヤが目を瞬かせるうちにと、急いでポンチョを広げた。

「えーい!」

 そのまま抱きついて肩を覆ってしまおう――そんな思惑は出鼻をくじかれる。

「甘いよ」

 キョーヤの声が背後から聞こえたから。

 あわてて腕を引っ込めると、正面にいたはずの人物は確かに消え失せていた。空気の動く気配だけがわたしの前に横たわっている。

「そんな、確かにここに」
「残像だ」
「えぇ……」

 規格外のスピード。つよい。わたしが振り向くより早く、キョーヤの両腕がおなかに回っていた。その手は奪い返されたポンチョを握ってわたしに巻きつけている。

「君のやりたいことはわかったよ」

 丸いスナップボタンをぷちぷちと片手で器用にとめていく指先は、あっさりとわたしの胸元にたどり着いた。仕上げに肩を覆われたら、ポンチョはわたしのための防具になる。

 なのに、正面に戻ってきたキョーヤはここ一週間でいちばんお日さまに近い表情をしていた。

「ありがとう」

 ――裾を整える指につられるようにわたしの背筋もぴんと伸びる。

 今、キョーヤにふんわり包まれているから。

「僕の方針は決まった。まずみどりを温める、その後で僕がみどりで温まる」
「いつも通りだぁ」

 やっぱり両頬を両手で包まれもする。少し硬くて厚い手のひらでわたしを挟んだキョーヤは、ふと思い至ったかのようにわずかに首を傾げた。

 それは多分、わたしがもっと前に確信していたこと。

「……そうでなくても、割と君は平気そうに見える」
「うん。いつもぽかぽかだよ」

 こうして羊になるずっと前から、わたしに触れるキョーヤはどこからかほのかな熱を連れてくる。

「キョーヤのおかげ」

 

ランダム単語ガチャ No.672「羊」