※「羊」の続きです。
ここまでのあらすじ
みどりが逃げたので捕まえてベッドに引きずり戻した雲雀。事情聴取を始めた。
あらすじおわり
みどりはいつも温かい。それには例外も存在するのだと知ったのはささいなきっかけからだった。珍しく寝つけないというから。
「今日はつま先冷たいんだもん、わたし」
僕の家で僕から離れようなどという無謀をした理由は、真夜中にあっさりと白日のもとに晒される。小さな明かりだけがあるベッドの上で彼女が三角座りをすると、ぎゅっと縮こまるつま先が暗がりでもよくわかった。指で確かめると確かに、頬や手のひらのような柔らかな温度が失せている。雪を踏みしめてきたかのようだ。いつものみどりならこれだけでも飛び跳ねそうに驚くというのに、感覚すら鈍っているのかパジャマの裾ひとつ揺らさないまま。
「あんまり冷たくって、寝られなかったから……」
「うん。冷えてる」
「ね。キョーヤも寒くなっちゃう」
「でも、だめだよ。いっしょに眠る日だ」
久々に。
それはつけ加えるつもりのなかったひとこと。先の追跡のために放り出した毛布を改めてみどりに被せて、ベッドへゆっくり横たえたのは元々の予定通り。大人しくくるまれる様は、この前宅配で家に届いたりんごに似ていた。クール便だったかどうか。
「楽しみにしてた。みどりも」
「わたしも。キョーヤといるの大好き」
長い毛足越しに背を抱くと、ようやくほっとした笑みが咲く。そばに潜り込む途中、ひやりと足背に触れたものとはまるで正反対だった。毛布をめくらなくても、遠慮がちに脚が引かれていくのがさらさらとした衣擦れでわかる。
「……やっぱり、冷たくってもいっしょがいいな。いい?」
「決まってる。おいで」
半ば不意打ちで胸に引き寄せた体は、小さく笑うのに合わせて微かに揺れる。頬にかかる髪を払うといまだ眠りの気配が訪れない真昼の瞳があった。
眠れないのはこちらも同じ。それはみどりがここにいるのに、夜の中にひとり残すことなどありえないからで。ゆっくりと僕の背に回る小さな手が、すがるためのものになるなど論外だ。
僕を求めるものでなくては。
「みどり」
くすぐったがるのを構わず親指で唇を、頬を、耳元をなぞる。明るい部屋の下ではきっと血色のいい朱になっているだろう温もりのありか。
薄くて脆いところ。
「キョーヤ、ふふ、なぁに?」
「そのままでも眠れる方法を教えるよ」
「ほんと?」
真昼の、さらに太陽のきらめき。ベッドの上にふさわしくないものを前にいっそ闘志めいたものすらわいてくる心地だ。すぐにでも寝かしつけてやると、そう決意しながら髪をなでる。
「ほかのことに気を取られていればいいんだ」
腕の中で僕の続きを待つみどりは「ほかのことって?」と聞きたげに首を傾げた。
その隙だらけの額に唇で触れるのは容易い。
「ひゃ」
静電気にでも襲われたかのように、短くて小さな声。同時に、あまりにもわかりやすく彼女の頬が熱くなっていく。薄くて脆くて、だから簡単に熱を奪えるところ。手のひらにしっくりくるフォルムや柔らかさも相まって、世間に広めてはいけないタイプの快感だと結論づけるほかなかった。
「……寄ってたかって触れられたらなくなりそうだ」
「え、え? それよりキョーヤ、いま、キスした……」
「うん。した」
そしてもう一回。みどりをながめると今度は声もない。丸い目は熱を帯びたように潤んで。ぽかんと開かれた口の中はどうだろう。無防備な首は?
あの冷えきった両足は?
「どんどん温かくなってる。どうして」
「だって、キョーヤが……」
「僕が、なにしたの」
「ちゅー、した」
言い捨てるようにして、その額はとうとう僕の胸に押し当てるようにして隠された。さらりと流れる髪の隙間から現れた耳は赤い。
次の標的はここだと示されたも同然だった。
だが、その前にみどりの脚へ僕の脚を絡めた。小さなつま先に足背を押し当てると、ゆっくりとだが確実に体温が奪われていく。昼間とは逆の構図だった。
だからあのとき、みどりが嬉しそうにしていた理由もそのうちわかるかもしれない。
「キョーヤ、あったかい」
もぞもぞと身じろぐが、顔を上げる気はまだないらしい。心臓に直接か細い声が響くかのよう。
「でも、冷たいでしょ?」
「そうだね。けどすぐ平気になる。そうでしょ」
「……これって」
だから、先ほどよりは眠たげに聞こえはする。
「あったかさの無限ループだね、循環型社会だね……」
だが相当入り組んでいそうな夢の入口に立つはめになりそうだ。
「難しいことばを知ってる」
――答えはかなり遅れて「すごいでしょ」と、それだけ。
それでよかった。
少し待てば、かわいい寝顔が見られるだろうから。
ランダム単語ガチャ No.4461「裸足」
