※「ブランケット」の続きです。
ここまでのあらすじ
雲雀恭弥、半猫化する
あらすじおわり
みどりは自分が猫になるのを喜ぶタイプだと思ってた、とキョーヤは言った。ふくふくの耳としっぽ、軽い体。わたしに現れた可愛くてすごい変化が、確かに最初はとても楽しくて嬉しかった。最初は。
あるひとつの不便なポイントに気づいてしまえば、後は困ってしまうばかり。
今、目の前で唇をむむっとへの字にしているキョーヤはすでに同じことに思い至ったようで。手にした文庫本は一頁も進まずじまい。
「ね、キョーヤ」
座布団に収まって以降は大人しかったのに、呼びかけたとたんぷいと顔が背けられてしまった。耳がぺたりと寝て、唯一しっぽだけがかんしゃくのように右に左に暴れ回って、明らかなご機嫌ななめ。
学校からキョーヤの部屋に帰ってくるまで、そこから後も、ひとことだって口をきいてくれない。
もしそうしてしまえばことばではなく、とんでもなく甘くて可愛い子猫の声が出てくるから。
「聞きたいなんて言わないから。ね、こっち見てよ」
もちろん本心は真逆だけど。本人のプライドその他諸々を考慮してわがままを封印し、ベッドから降りた。きい、とスプリングが鳴るのを敏感に拾ったふわふわの耳がぴくんと動く。部屋の明かりを含んでつやつやの毛並みは、こうして近づいてみると細い毛が光に透けるよう。そんな光景は春の公園みたいに暖かで、見ているだけでほっと肩の力が抜けた。
「ぽわぽわしててかわいい。なでていい? ひゃ」
すぐそばに三角座りしながらお願いすると、間髪入れず手の甲にぱたりとしっぽの先が倒れ込んできた。こちらならOKということらしい。キョーヤの髪みたいに黒くてきれいで、わたしのものより長くてかっこいいしっぽ。そうっと手のひらですくい上げるのを、キョーヤは黙って目で追っている。
「痛くない?」
こくりと頷いて、わたしの手の上でしっぽの先をゆっくり上げたり下げたり。それを指でくすぐると、まるで絡みつくようについてきてとても器用。夢中になるわたしの方も、じゃれる猫みたいになってしまう。
「ふふ、遊んでくれてる? お兄ちゃんな猫さんなんだ」
わたしを見つめ続けるキョーヤの顎をこちょこちょとくすぐる。どこか眠たげに目が細められると、もともととろりと温かい視線が輪をかけたようにおおらかになった。ほんの微かに喉を鳴らして、とても気持ちいいのかも。
だからこそ少しさみしくなる。 声はともかくとして、わたしの名前を呼んでもらえる状況ではないから。こんなにわたしを見てくれているのに。
「かわいい、キョーヤ。でも、早くよくなってね」
静かにわたしを待つ体ごと両腕でゆったり抱きしめた。すぐ後ろの文机に文庫本を置いた手が、同じようにしてくれるのを本当はわたしも待っていて。ほしかったことがキョーヤにわかってもらえたのが、背中に大きな手のひらが添えられるのが、わたしの真ん中にダイレクトに伝う。
いっそ苦しさに似たそれをかき混ぜるようにやってきたのは、皮膚の上をそろりとたどるくすぐったさ。
「ん……」
キョーヤの胸にうずめかけていた視線を下げてみる。いつしか、キョーヤのしっぽはわたしの太ももに巻きついていた。なんだか全身いっぱいに抱きしめてくれているみたい。毛布を思わせる肌ざわりを堪能するごとに――というのは全く関係なくじりじりと頑なになっていくものにここでようやく気づいた。
キョーヤの腕だ。
「え、え? キョーヤ……?」
わたしの身じろぎを封じるように力強くて、顔を上げようとしたら髪をなでられながらそれも止められてしまった。白いシャツの胸元に額をくっつける形。そういえば、わたしが猫になったときはこんなに器用に手を使えなかったような記憶がある。 そんなあれこれを総合すると。
「あのあの」
ひとつの予感が確信に変わりつつあった。
「もしかして、もしかしてだんだん元に戻ってたり?」
答えることばはない。
「あ」
応える牙はあった。わたしの耳のふちにぱくりと噛みついて遊ぶ猫の。
キョーヤは全身どころか全力で抱きしめてくれようとしている。元に戻るのを通り越して進化しつつある。
「キョーヤが肉食獣になっちゃったー!」
「猫はもともと肉食だよ、みどり」
微笑んでそう告げる声が気のせいかどうか、たぐり寄せようとするのをざらりとした舌先がいたずらに舐めとっていく。
ランダム単語ガチャ No.1963「リラクゼーション」
