繰り返し見た映像をよそに、キョーヤはこちらへ手を差し出す。
「ほら」
言い出したのはわたしなのに、より乗り気なのはキョーヤの方だ。脱力する長い指を両手で迎えつつ、思い返すのはこれもまた何度も聞いたナレーション。
「猫の甘噛みは愛情表現です。いじわるじゃないよ」
焼きたてのパンみたいな色をした塊は見た目にもふわふわの子猫。兄弟なのか、二匹はまったく同じ色をしていた。けれど気性は正反対。片方がもう片方の耳をぱくりと口にするたび、怒っているのかびっくりしているのかわからない幼い鳴き声が響いて。
子ども向けのビデオらしい、ピアノのスタッカートがほんわか弾けるBGMはふとした興味を連れてきた。それは今よりもっと子どもだったわたしは考えもしなかったこと。
「噛むと、好きって気持ちが伝わるのかな?」
ソファーの上、すぐ隣で同じように画面に見入っていたキョーヤは少し考えて、なぜだか含み笑いをして――そうして。
「同じようにしたらわかるかもしれないよ」
今に至る。
つまり「こうなるきっかけを作ったのは君の方だ」ということ。よくよく考えたらそんなことないはず、それでも反論できないのは好奇心に負けたからだ。
いつも優しく触れてくれる指に、これから。ほんとに?
「みどり」
降りてくる声と、背中に回される腕。恥ずかしいのと嬉しいのと、どちらが大きいかなんて決まりきっていた。たとえそうでなくても、ここから出ていける可能性はもうどこかへ隠されたきり戻らない。
「キョーヤ、痛いって思ったらちゃんと教えてね」
ほとんど包まれるようになりながらなんとか上向く。ゆったり細められる目が答えで、合図だった。
指先をそうっと唇に近づけると、ふわふわと熱くて掴めない距離感のせいか微かに触れ合った。まるでキスをしたみたいで、この光景をキョーヤが見下ろしているのも相まって心音が速くなっていく気がする。次に視線を上げたらどうなるかわかっていたから、次にわたしができることは限られて。
「……ん……」
その瞬間には、自分でもなぜなのかわからない声がこぼれていた。
「……ぁ」
自分の輪郭の内側に誰かを受け入れて。
硬い骨と、温かな体温を思わせる指先が微かにわたしの舌に重なって。
爪の真ん中あたりへ、おそるおそる歯を立てて。
「……っ」
かつん、微かな抵抗。舌先と歯が、キョーヤの指の形を鮮明に伝えてくる。ぺろりと舐めてみると、もっと。
本当に、あの子みたいにキョーヤを噛んでいるんだ。くっついて甘えて、いつまでも離れなかった二匹みたいに。
「いい子。ちゃんと加減ができてる」
その声で我に返る。視線だけ上げてみるとすぐにかち合った。柔らかくて、もし触れられたならきっとふわふわに違いない、キョーヤが瞬く数秒がそこにある。わたしだけを見ている、わたしだけの時間が。
――大きな手に添えた手が、ぴりっとしびれるように熱くなった。
「キョーヤ、伝わった?」
「たくさん。でも、まだ足りないな」
背中をとんとんと叩くリズムは、小さな子を寝かしつけるのとは逆の意味を持っている。
そんなふうに思うのは。
「もう少し奥。苦しくないように咥えてごらん。噛んだり舐めたり、あの子はしてたでしょ」
教えてくれる声が、ちょっとだけいじわるな響きをしたから。
「みどり、できるかい」
「う、ん……っ」
促すように舌をくすぐられて、返事がひっくり返ってしまう。その隙にほんの少し奥へやってきた指へ反撃のつもりでまた噛みつくと、キョーヤが喉の奥で笑った。ひとつも噛まれていないのにそれだけでわたしには伝わってくる。今、どんなことばが贈られたのか。
「さぁ、続きだよ」
目的が果たされたことは、多分ふたりともわかっていた。わかっていて、けれどもの足りなくなって、子猫ごっこはまだ終わらない。
ランダム単語ガチャ No.2413「子猫」
