突発ガーデンバースーR

★はじめに★

この短編はガーデンバース設定です。pixivで作者様が世界観を説明してくださっています。(ピクシブ百科事典もあり)

 

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 この家に花生みが生まれたとき、正確にはその子どもが花生みだとわかったとき、大層な騒ぎになったという。人伝てに聞いた話だから実感はないが事実なのだろうと推測はついた。大昔から最近に至るまで僕の前にたくさんの見知らぬ人間がやってきたから。淡く畳の香りがする部屋で、しかし緊張した表情で僕たち家の者を待つ来訪者は各地から集められた花食みだった。

 彼らが、求められた役割を果たすことは一度としてなかったが。

 僕よりいくつか歳上の少年は、話をすればすぐに理解してくれたからあっさりと帰っていった。五つにも満たないだろう女の子が連れてこられたときは即刻両親のもとに送り届けた。この件をよしとした者を殴ったのちに。

「他人の施しを受けるなんて冗談じゃない」

 望まぬ客人を追い払うたびに口にしていたことばだ。

 一生を栄養剤に頼るつもりでいた。事実、花食みの世話になったことなど今日に至るまで一度もなかったしこれからもありえない。たとえそれで寿命が縮もうが天変地異が起ころうが知ったことではなかった。誰かに縋って生きていくことはつまり、自分の力では叶わないことがあると認めるに等しい屈辱なのだから。

 そんな矜持を、彼女はいとも簡単に砕いた。

「キョーヤの花を食べたい」

 たったひとことと、その目で。

 ***

 みどりはいつも、とても幸せそうに食事をする。それが大好物ならなおのこと。数日前に両手で大切そうに持って、小さなひとくちで味わっていたのはアイスクッキーだったか。確か、コンビニの新商品だとかいう。体温がそのまま表れたかのような頬の色が感想を雄弁に物語っていた。

 そして今は、まったく別の意味で真っ赤になっている。数分前は青ざめてすらいたのに。

「きれい」

 畳に座り込んだ僕のすぐ前に膝をついて、ため息混じりに。彼女は星空でも相手にしているのかと見紛う瞳でそれを見つめた。

「鈴蘭だね」

 愛おしそうにその名を呼んで。

 左胸の――そのさらに深く、心臓に根を下ろしているとしか考えられない花は、どんなむしり方をしても最終的には白く咲いた。皮膚を削ることも血を流すことも無駄だと気づいたときには、同時に自身が花生みであることを受け入れたようにも思える。つき纏う疎ましさも。

「こんなのは異形だ」
「そうかな……」

 柔らかな口調は、しかしこんな事情を言外に否定する。花食みにとっては知ったことではないのかもしれない。同時に、彼女たちにしかわからない苦々しさが存在したとしてもこちらからは見えなかった。今はまだ。

「みどりは怖がるかと思ってた」
「ちょっとびっくりしたけど、怖くないよ。キョーヤが秘密をひとつ教えてくれたのが嬉しい」

 僕がシャツの前を開け始めたときは深刻なほどあわてふためいていたくせに。こうして壁を背にしているのが彼女の方だったなら楽しい光景が見られただろう。心が躍るもしもは、突如胸を刺す痺れがぐちゃぐちゃに潰していく。

 花の成長に定期的なサイクルなどあるはずがなく、皮膚が引きつれる違和感は不規則にやってきた。内側から皮を食い破る異常を察したのか彼女の表情がさっと曇る。

「痛い……?」
「痛くない。不快なだけだよ」
「でも、でもキョーヤ、やっぱり苦しそう」

 みどりはみるみる目を潤ませていく。道で転んでも絵本を読んでも恥ずかしい想いをしても――僕が気持ちを告げた瞬間も泣くような子が、この状況で涙を止められるはずはなかった。

 これまで何度も指先で、あるときには舌先で拭ってきた雫が、花生みには極上のものだということは知っている。みどりが花食みだと気づいたのだってその涙がきっかけだった。

 あんなにも喉の渇きを自覚させるものを初めて口にしたから。

「……早く」

 やや強引に薄い背を抱き寄せ、熱い目元に舌を這わせた。驚きに上がる声は意識して聞き流し。

 ひとたび含んだ瞬間、際限なく次が欲しくなる。胸の奥が熱くなって胸骨を溶かしそうなほどひどくうずく。これをまた味わえるなら何を差し出すことも厭わないだろう。

 全力で拒絶したくてもできないそれは紛れもなく快感だった。

「食べたいと言ったのは君だ」

 内側に膨れ上がっていく衝動をぶつけてしまう前に彼女も引きずり込めばいい。現にみどりは白い花を目の前に突きつけられて平静を失っていた。心配が食欲に上書きされるのを止められない困惑と混乱で。

 おかしくなるならふたりがいい。

「キョーヤ……」

 空いていた手に、ふと彼女の手が重ねられた。不安げになされたことの意図がなんとなくはわかって握りしめると、ようやく笑顔が戻ってくる。ほんの微かにだが。

「花を食べさせてもらうの、初めてなの。こうしてて」

 反射的に握り潰しそうになるのを寸前でこらえた。引き寄せたせいで両脚の間に収まっていたみどりはいつもよりずっと小さくて、壊れやすそうに感じる。華奢で、かわいらしくて、その最たるものが唇だった。

 それが鈴蘭に口づけるのを見る。

「ん……」

 ほのかな、ためらいの後に。

 ぴり、と、淡い電気が走ったようだった。自分で花びらを引きちぎったところでなんの感覚ももたらさなかった花から、確かに。

 小さな片手がそうっと添えられて、唇が開かれ。花をひとつ口に含むとやがて茎に白い歯が立てられる。刃を入れられるも同然のこの行為を、僕の一部をこくりと飲み下す瞬間をずっと待っていた気さえしてくる。それほどまでに、今のみどりこそきれいだった。こうして手を繋いでいなければまた泣いてしまいそうな子が、とても。

「……花は、甘いのかい」
「よくわからない……でも、とっても好き。キョーヤがずっと握っててくれたのも」

 一度口を離し、まっすぐ僕を見上げる表情にはあの色が残っている。わずかに弾んだ呼吸をなだめるために背をなでてやるとより赤みが差す。

 これは、好きなものを食べているときのみどりだ。

「キョーヤはわたしだけのものって、言いたくなっちゃうくらい」

 何度前にしても足りないもの。

「……言ってもいいよ。いや、言って。今ここで」
「ひとりじめしてもいいの……」
「その代わりみどりも、僕だけのものになるんだよ。君の涙はぜんぶ僕のもの」

 いつかの自分が聞いたら激怒しそうなことを伝え。

「それに、他の誰かの花を食べるなんて許さない」

 いつかの自分が聞いたら納得しそうなことをつけ加える。

 ほかのすべての理由は下の下にあった。

「うん。キョーヤだって、わたし以外に花を食べさせたらだめ」

 真剣なそれは、かわいらしい焼きもちを通り越し。

 彼女が夢中で僕の花を食べるのも、独占欲をむき出しにして僕を縛るのもたまらなく気持ちよかった。何を差し出すことも厭わないと思えるほど。

「もしそうしたら、君はどうするんだい」
「……悔しかったり悲しかったりする」

 つまりまた泣くのだろう。そのときはきっと苦しそうに。

「わたしもキョーヤにたくさんあげるから、そんなことしないで」
「しないよ。もう忘れて」

 いじわるを言って引きずり出す養分は、効能はともかくとして後味が悪そうだ。なんとなくの予想だが。不安がってまた揺らぎかける目は僕のせいで、だから少しだけきつく抱きしめた。丸くて柔らかい頬に鈴蘭が擦れるらしく「くすぐったい」と笑う声には構わず。

「もっと食べたいな」
「ぜんぶ食べていい」

 面映そうに見上げて、それから頷く目はふっと伏せられる。花に頬ずりされる感覚になぜだかじりじりとさせられるのを、震えるまつ毛を見つめることでやり過ごした。

 みどりがなにをしても視線が吸い寄せられていく――これは花体質にはまったく関わりのない、単純な「みどりがかわいい」がもたらす副作用。

「毎日泣くのは、難しそうだけど。がんばるね」

 なにも連日強制するつもりはないし前提として涙でなくても構わないのだが、そこはあえて黙っておく。とりあえずは望みどおりみどりを毎日泣かせるために、ふたりで見られる映画を探すことから考えるべきだろう。

 頬を濡らすものを拭うのは僕だけの役目だ。

「……明日の朝、迎えに行くよ。またうちにおいで」

 僕のブートニエールになってほしい。明るい朝日の中でそう伝えるのが待ち遠しい。