「リップバームだよ。こうやって薬指で塗るの」
よりによってデンプンのりと間違われた不憫なアイテムを実演つきで説明する。はちみつ成分配合、なんて宣伝はその通りでひと塗りするだけでいい香りが鼻先をくすぐった。
わたしの指をじっと眺めていたキョーヤは、ふとこちらに体ごと向き直ると目を閉じた。長いまつ毛が伏せられる。
「僕にもしてくれる」
「キョーヤ、やってみたいの? じゃあそのままじっとしててね」
言われたとおりに大人しくなるのが、新しい遊びを覚える子どもみたいで可愛い。……なんてのんきに考えていたのは甘くて、こうしてキョーヤの唇に薬指をそうっと乗せた瞬間に感じてしまった。今とてつもなくいけないことをしているような気がする。ここが教室の片隅、しかもほかに誰もいない夕方だというのも動揺を加速させて。
柔らかいの、温かいの? 指先に伝う何もかもを咀嚼しないために無心を貫く。あえて自分の爪ばかり凝視するのを見抜かれませんようにと祈りながら。
「……ん、終わった……」
「ありがとう」
何も知らないキョーヤはぱちりと目を開け、けれどすぐに眉をひそめてしまう。
「……ぺたぺたする」
「あ、舐めちゃだめだよ」
キョーヤの舌先が唇をたどる。甘い、と驚きとともにこぼれたことばはわたしにも向けられていた。同時に視線でなぞられるのがどこなのか、隣同士に座っていてはわかりたくなくてもわかってしまう。
「君も、同じ味かな」
「……そうかも」
純粋な興味に、キョーヤの目が輝いた。さり気なく後ろに隠そうとしたわたしの手を取って次にすることといえば、薬指を口もとに持っていくことで。
キョーヤが何を考えているのかわたしにはすぐ読めた。
「逃げないのかい」
わたしの答えを確信しているだろうに、キョーヤはわざわざ退路を作ってみせた。
笑む唇が、一瞬だけ光に潤む。
