一年いい子にしているとプレゼントがもらえる日。そう聞いていたのにサンタは予定より少し遅れるらしい。

「キョーヤは今年もいい子だったからきっと大丈夫」

 そう言って笑ったサンタは今ごろ走ってこちらに向かっている。いつもの道を使っているだろうと当たりをつけて僕も傘を持って家を出た。何年たっても慌て者だから今日の天気予報を流し見てもいないのだ。その確信がある。

 歩きながら空を仰ぐと案の定、太陽など見当たらない厚い雲が覆っている。上着から滲む冷気がそこから降りているようだ――そう感じた矢先に、ちらと視界を横切る白い影。気づけば綿のように軽く吹けば飛びそうなささやかな雪が降り始めていた。何本か向こうの通りで子どもの歓声が聞こえる。

 電話越しに何かが崩れたばたばたと騒がしいノイズを聞いた数分前を思い出した。誰よりもこの日を心待ちにしていたと形容しても過言ではない浮かれぶりが可愛らしくもあり、同時に考えごとの種でもある。僕への贈りものと引き換えに諸々を置き忘れていくのだ、そう、諸々を。

「ケーキと、チキンと、ろうそくと、ジュース」
「ツリーと靴下」
「あとはプレゼント。完璧だね」

 彼女が何日も前からその話題を出すたびに思い描いていた風景がある。僕の家のテーブルにはふたりで用意した食事。彼女が飾りつけをしたツリーは、すぐに家の奥から出せた程度には小さい。その足元にお互いへのプレゼントを置いて、そばに靴下を吊るせば完成だった。その中に僕だけがいても何の意味もない。足りないあとひとつは大急ぎでやってくる。

 そのはずなのに、みるみる激しくなる降雪が邪魔をした。塀を、屋根を、地面を瞬く間に隠していく勢いがあるのに音ひとつ立てない。ゆったりとした速度に反比例するように辺りは白一色に染まろうとしている。窓から雪景色を眺めた日の追想が不意に胸を塞いだ。見ているだけで時間の感覚がなくなっていくあのあいまいさと、色のない町並み。

 ――すれ違いになったのかもしれない。一向に現れない彼女を求めながら歩く足が、一瞬止まった。普段ならあり得ないことだ。彼女に関することでほんの少しでも自分の判断に疑問を抱くことは。さく、と乾いた足音を作る雪に視線を落とすわずかな時間で思考が、体が冷たく停滞していく。

 同時に、忘れていた。

 こんなにも白い視界の中では、あの声も目も髪も鮮やかに映えることを。

「キョーヤ」

 そのサンタはやはり帽子も手袋も忘れてそこにいた。驚きながらも嬉しそうに目を見開いて、赤い頬は寒さのせいだけではなく。 

「迎えに来てくれたの? ありがとう!」

 息を弾ませながらのことばは明るく跳ねた。駆け寄るその髪に積もった雪を払ってやると指先に熱があることを自覚する。真っ白になるほど惟みていたときには感じなかったそれは、彼女に触れるたびにじわりと熱い感覚を取り戻していった。

「プレゼントが待ち遠しくてね」
「なーんだ、そうなの」
「……違うよ。可愛いサンタを待ってた」

 微笑んで頷く彼女が大切そうに抱えた鞄の中には、僕だけのために選んでくれた贈りものが入っている。それごと彼女を覆い隠せるように傘を広げた。

「雪が降ってよかったよ」
「ホワイトクリスマスだね」

 少し距離を詰めて隣にくっついてくるのがこの上なく楽しそうで、それを見ているだけで安堵とも歓喜ともとれるため息がこぼれる。寒いの、と勘違いして見上げるのを心配ないとかわして今来た道を引き返した。彼女がもっと喜ぶものばかりが待っている場所へ向けて。

 白い足元が、薄暗い景色の中でほの明るく帰路を照らしているようだった。