夏のせい

 オレンジジュースを注いだグラスから、かろん、と涼しい音がした。とはいえ氷の溶ける音で気温が下がるはずもなく、頭がのぼせるような熱気から逃れようと屋根の影に戻る。今まで直そうと粘っていた風鈴は、そもそも風がなければ鳴らないのだった。

「よくそんなのを大量に飲めるね」
「そんなに甘酸っぱいかなぁ」
「舌が痺れそうになる」
「百パーセントじゃないと満足できないよ」

 中毒患者のようなことを言い始める。彼女が水か何かのように飲み続けるそれは、味は濃い酸味は強いとまるで好みに合わなかった。ひと口もらったことを後悔しつつ、古びたエアコンの起動を縁側で待ち続ける。十分な冷気が出るのは数分後だ。

「暑いねぇ」
「暑いね。どこかの女子がまた困ってたからかな」
「ありがとね、助けてくれて」

 風紀委員に私物を没収された生徒が不満をぶつける先に選んだのは委員長とつるんでいる女子生徒。回りくどい事情を知ったときには彼女は夏休み真っただ中の校舎を追い回されていた。男子三人潰すのは簡単だったが、無駄な運動は余計な熱を生んだ。その腹いせに伸びた彼らは校庭の中心に放置しておいた。よく焼けるだろう。

「あの子たちはおかしくなったんだよ」
「暑さで頭をやられた? それは君もだよ」
「何のこと?」

 四杯目を注ぐ中毒患者が不服そうに見上げると、こめかみに汗が一筋伝っている。彼女の膝の上にあるハンカチを摘み上げてそこに押し当ててやりながら、隣に腰を下ろした。肺の中までぬかるむような湿気が煩わしい。

「彼らのひとりは君が仕留めたでしょ。払い腰で。忘れたの」
「……わたし何か喚いてた気がしてきた」
「しつこい、だったかな。君が投げ技の使い手とは知らなかったよ」

 何も記憶にないとばかりに呆然と首を横に振るのすら緩慢だ。それで構わない。苛立った彼らに捕まりそうになった彼女は酷く怖がっていたから。僕と遊ぶ約束の日にそんなことを引きずらせるのは癪だった。

 だったら全部夏の暑さのせいにして、おいしいものと涼しい部屋で上書きして忘れてしまえばいい。ふたりで昼寝をするのもだらだらとテレビを眺めるのも立派な「夏の予定」だ。

「いろいろ飛んでるね。重症だ」
「もう何が何だかわかんない……」
「さっさと横になりなよ、疲れてるんでしょ」
「もったいない、せっかくキョーヤのおうちまで遊びに来たのに」
「半分病人のくせにわがまま言わないでくれる」

 開け放った部屋の足元からやっと冷えた空気が流れてくる。微かに救われた表情になり、お盆を持ってふらりと立ち上がる彼女の唇が少し濡れていることに気づいた。

 今、舌で触れたら甘いのだろうか。

 ――そんな下らないことを考えつくのも、少しでも気を抜けば行動に移しそうになるのもこの暴力的な暑さのせいだ。

「どうしたの」

 とろりとした目で不思議そうに見上げる視線を、早く中に入れと肩を軽く押しやってそらした。脳が溶けかけた僕の目を覚ますには、オレンジジュースは何杯必要だろう。