「屋上はともかく、建物の中はあまり長居してはいけない」
彼女がたまに向かうあの根城ではそんな約束があるという。
「大きい男の子たちがいっぱいいるから、びっくりしないようにって」
だから大丈夫なのだと涼波さんは言っていたけれど、そんなものは建前に決まっている。仲間の目に触れさせないのはひとりじめしたいからだ。僕ならそうする。
だいたい、どうして獅子頭連のメンバーそれも副頭取が普通の女の子を恋人にするのか。彼女は絶対にからかわれている、はたまた何かしらの悪い企みに巻き込まれている。今日こそは覚悟を決めて牽制しなければ。きっと涼波さんは悲しむけれど、後になってから知るより傷は浅いだろう。
だからこうして休日昼間に堂々とオリを訪ねた。彼女は顔を見せるだろうか。そうであってほしいと思う。今回のことに立ち会って、僕が正しいのだとわかってもらえたら願ったり叶ったりだ。
涼波さんはそのとき、どんな顔で僕を見上げるだろう。考えるだけで足が地面から浮きそうだ。文字通り浮つく心をなんとか引き締めていると、大声に応えてさっそくひとりが朽ちかけた正面玄関からのそのそと現れた。
揃いのジャケットを纏った見上げるほどの長身に、人を小馬鹿にしたにやけ面。あからさまに輩だ。髪型的にも。
「おー、涼波に用だって?」
「そ、そうだ。彼女を出せ、クラスメイトなんだ!」
「いや無理だわ。ウチの副頭取の隣で寝てっからよ」
ひょいと背後を、そびえ立つ劇場を指さされてしばしその意味を考えた。
「そ、そんな……」
意味などわかりたいわけがなかった。事態はあらゆる予想を通り越している。なぜあっさりと言えるのか。僕もおちょくられているのか? あの子がそんな、治安の悪い男の抱き枕になるなんて。
副頭取の姿くらいは知っている。この男と同じくらいガタイのいいやつだった。そんなのに抱きしめられて逃げられる女の子は――シミュレートするまでもなく結果は読めている。絶望的だ。
止めたいのに妄想は鮮明な像を結びつつある。そんな僕の脇をすり抜ける足音があった。見れば、大男よりはややひょろりとした白シャツの男がオリの入口に向かいかけているところ。両手に近所のホームセンターのビニール袋を提げている。
「あれっ、涼波さんといたのって兎耳山さんじゃなかったっすか? 有馬さん」
出てきたのはこのチームの頭の名前だった。まさか男ふたりを手玉にとる女傑だったなんて! 今ごろ三人で川の字になっているのかも。獅子頭連のツートップを両サイドに従えるあの子の姿なんてにわかには信じられなかった。あんなに可愛くて、か弱い見た目の彼女だがもしかしたら相当な戦闘力を秘めているのか。
「あー、そうだっけか? ともかくだ。わかっただろ? あいつはお前の相手なんてしてる暇ねーんだよ」
大男の揶揄に、折れかけた心は再び燃え始める。ますます引き下がるわけにはいかなくなった。そもそも、ふたりがかりで迫られているという状況に思い至ってしまえば、そちらの可能性の方が遥かに高いのだ。
「なんて可哀想なんだ!」
「は?」
「そういや誰すかこのひと?」
「有馬はわかってて遊んでるでしょ」
失礼にも白シャツに指さされたところへ飛んでくる呆れた声は、紙がこすれるぐしゃりと乾いた音に重なった。僕を挟んで白シャツの向かいから、潰した段ボールの束を地面に安置したふたりが歩いてくる。ここは遮蔽物が多い。気づけばあたりは獅子頭連の構成員だらけだ。
「涼波は屋上でお昼寝中。ね?」
「テスト疲れだって言ってました」
団子頭と、センター分けのふたり。語気は穏やか、若干話が通じそうな雰囲気があるが彼らも例のジャケットを着ている。今の話だって本当かどうか――そうであってほしいけれど。
「で」
センター分けがことばを継ぐ。
「涼波に何か用か?」
答えようとして振り返り、気づく。彼はいつの間にか僕の背後にいた。
文字通りの四面楚歌、僕より背の高い男たちに四方を囲まれている。白シャツはきょとんと目を丸くしているが。目元に濃い影が落ちることになぜだか鼓動が早まっていくのを感じながら声を絞り出した。
あの子は今、もっととんでもないところでとんでもないやつらに捕らわれているのだから。
「涼波さんはヤンキーなんかの彼女になってちゃいけない子なんだ! わかるだろ、こう、ふわっとして……」
「……まぁ、虫も殺さないような見た目はしてるな」
頷くセンター分け。
その声が低くなったのは、彼らの顔が一様に温度をなくしていくのはなぜだろうか。
「いい度胸してるよね」
「そうなんだよ、相手はどうせ乱暴者なんだろ? 彼女はどうしてそんなヤツに……」
「いや、ボクはお前に言ったんだよ」
白シャツのビニール袋から受け取ったものをおもむろに引き伸ばして、彼は平たいことばを僕に叩きつけた。
それが温情だと、遅れて理解する。
「あの子も副頭取もまとめてバカにしたんだからさ」
これから始まるのが理不尽な暴力ではなく正当な抗議なのだと、団子頭は丁寧にも説明してくれたわけだから。
***
あられもない叫びにも手を緩める者はいなかった。犬上はよくわかっていないまま、言われるままにビニール袋の中身を有馬たちに放り渡している。
突然の来訪者は現在進行形で養生テープでぐるぐる巻きにされたうえ、肩や背中に次々と飴の包み紙やジュースの紙パックを貼りつけられていく。なんて歪なクリスマスツリーだろう。どこぞの儀式のようだ。
「ケイちゃんが寝ててよかったぁ」
フェンスを背に座り込んで、首だけで無理に振り向いていたのをやめた。この調子なら流血沙汰にはならないだろう。
オレに寄りかかってすやすや眠る彼女が起き出すかもしれない点は少し心配だが。
「囲め囲め!」
なにしろ有馬のテンションがうなぎ登りだ。
「あれは何で揉めているんだ、というか揉めているのかあれは?」
鰐島は怪訝な顔で首を傾げ。
「楽しそうだよ、あれ!」
ちょーじはいてもたってもいられず鰐島を連れて屋上から降りていった。クラスメイトくんは哀れ増援を目にすることになるだろう。
「ふたりはそのままでいてねぇ」
駆け足で去っていく背に小声をかけ、ひとつ息をついた。
今儀式に参加しているうち三人と、自分だけは知っている。ケイちゃんはクラスメイトくんの悪趣味な妄想に据えられていた。そのうえで「自分こそ彼女にふさわしい」という前提が透けて見えていた言動の数々。
――ここから堂々と見せつけてやりたくもなるというものだ。
「オレがいちばんだよねぇ。ケイちゃんはオレの隣で寝てるんだから」
起こさないようにそうっと肩を抱き寄せ、ふと思い立ってまたオリの入口を見下ろしてみた。
見開かれている目。
彼の視線がかち合ったような気がした。信じられないようなものを手出しもできずながめる、絶望的な。
ランダム単語ガチャ No.4994「妄想」
