突発センチネルバース

★はじめに★

この章はセンチネルバース設定です。

現在様々な設定が適用されているバースですが、
本サイトでは以下の定義でいきます!

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・センチネル…五感のいずれかまたは全てが異様に発達した人間。後述の理由でガイドに執着する。

・ゾーン…センチネルが力を暴走させて昏睡状態に陥ること。完全回復までの間は錯乱することもある。最悪死に至る。

・ガイド…センチネルと対になる存在。読心一歩手前のエンパス能力を持った人間。

・ガイディング…ゾーン状態のセンチネルを呼び戻す行為。ガイドにしかできない。

・ボンディング…センチネルとガイドの間で結ぶ契約。肉体的・精神的に結びついたと両者が認識できれば何をしてもいい。キスでもハグでも。

・ミュート…センチネルでもガイドでもない人間。

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・世界的な人口はミュート>>>センチネル>>ガイド。

・先天性、後天性と能力の発現は様々。

・ゾーンからの復帰は自力では不可能。そのためガイドの助けを見込めないセンチネルは常に死と隣り合わせ。契約はガイドを手放さないために行われる一方的なものであることも少なくない。

・契約していなくてもガイディングは可能。しかしそれはガイドが突然いなくなってもおかしくない状況なのでセンチネルはガイドを見つけると本能的に自分のものにしたくなる。

・一方のガイドも誰かのものでいたいという本能が備わっている。そのため無理矢理契約を迫られても逃げられないガイドが多い。

・契約したガイドがいるセンチネルは精神的に安定するので、ゾーンに落ちる可能性も若干低い。

 

 扉の開閉。口喧嘩。葉擦れ。空調の稼働音。応接室の外から飛んでくる全てが、頭に流れ込んだまま出ていかない。体内に積もり積もっていつしか喉を埋めるのかと錯覚するほどに。ソファーに横たわったまま耳を塞ぐことすらできずに、自分がひび割れて壊れていくのを俯瞰で眺めた。

 奇妙な、他人事のよう。ゾーンに陥ったセンチネルの症状は様々と言われているがここまでのことが起こるのは深刻なレベルらしい。痛みはなく、痺れもない。ただ、このまま意識が落ちたら最後戻っては来られないだろうという確信だけが心臓の上にぽつりと残っているだけ。きっかけがあれば転がってどこかへ行ってしまう不安定な命綱。

 何が引き金でこうなったのかすら思い出せない。

 今どうするべきかを判断できない。

 指先が冷えていく。

 思考が霞んだ。

 瞼が閉じる。

 こんなことを望まない誰かがいた気がする。

「いた……!」

 ――開け放たれた扉の向こうから部屋に飛び込んでくる夕日が、その諦めを焼き尽くしたのに気づくのは数拍遅れてからだった。

「キョーヤ、起きて、飛んじゃだめ」

 失礼なことを喚くのを、ほとんど機能を放棄した聴力が拾う。薬を決めているわけではないのだから正気が吹き飛ぶなどありえない。それに今は落ちている最中だ。二度と戻ってこられない意識の底へ。

 ゾーンから帰らなかったセンチネルは死に至る。

 当たり前のことをみどりはぎりぎりのところで引き止めた。覗き込む表情は朧げで、それでも青ざめていることだけはわかる。

「……わたしの声だけ聞いて。大丈夫、キョーヤは動けるし、息もできるよ」

 ソファーの傍らに膝をついたみどりの声が――そう、この声はみどりのものだった――焦りを押し殺し、子どもがことばを一から覚えるのを助けるように、努めてゆったりと奏でられる。一文字も残さず飲み込もうと開いた喉は処理しきれない空気を詰まらせて咳き込んだ。

 苦しい。

 悪い傾向ではなかった。体が感覚をわずかにだが取り戻しつつある。

「キョーヤ。自分の吐いた息を吸って。キョーヤはわたしの言うとおりにできるでしょ」

 先ほどよりずっと鮮明な音が柔らかく降りてくる。投げ出していた左手を、みどりはそっと両手で包んだ。温かさが暴力的なまでに伝う指は甘く痺れて、それなのに離したくなくて力の限り握り締めた。

 温度、呼吸。次々に修復されていく感覚は全身に回っていく。みどりの手に引き上げられ、暗いところから徐々に浮かんでいく意識が最初に認識したのは笑顔だった。やっと視線同士が絡まったのを喜ぶみどりの。

 いちばん好きな音でなされるガイディングは、その度に安らぎをも連れてくる。

 他の誰にも渡したくないと湧き上がる独占欲とともに。

「き、て」

 ざらつく喉に構わず、みどりを片腕でソファーへ引きずり込んだ。簡単に捕まえられる小さな体を力任せに抱きしめる。ここまで走ってきたのか微かに高い体温を余すことなく奪うように。

「痛いよ……」

 一度目はこらえたことばをみどりはこぼす。それでも止める気はなかった。いっとき抜け落ちて空洞になった胸の真ん中が空寒くて仕方ない。ゾーンから復帰した直後の喪失感は反動でガイドを強く求めた。

 ――違う。ほしいのはみどりだ。ガイドとしての能力が先に来ることなどありえない。

「離さない」

 桜の花弁のように数個散る首筋の痣に甘く歯を立てた。僕たちがボンディングした証の赤い痕はこうして突発的に浮かび上がる。突然の暴挙にみどりは小さく悲鳴を上げるが、これでも全力で手加減をしていた。衝動に突き動かされるままならあっけなく動脈を突き破っている。

「みどり」

 きつく抱き寄せていたせいでこれまでわからなかった表情を覗き見る。眉を寄せて目を潤ませて、どう考えても苦しがっているそれがこの上なく可愛らしく綺麗に映えた。動揺のせいか浅く早い呼吸も、泣きじゃくる子どもを思わせて。

「……絶対に逃さない」

 どこからが感情でどこまでがセンチネルの本能なのかわからない。酷くしたところを宥めたくて舌先でなぞるのは、それに驚いたみどりがぴくりと体を跳ねさせるのを可愛いと思うのは、どちらなのか。

「どこにも行かないよ」

 ややあって頷く動きに合わせて髪が頬にかかる。艷やかな色に唇を寄せると、くすぐったがって笑う肩が震えた。涙目で微笑む可愛い唇に唇を重ねながら、縛りつけるために抱いていた背を今度こそは愛おしむために引き寄せる。

「キョーヤが大事だから、そばにいるんだよ」

 丸い指先が伸べられ、僕の髪を撫でた。

 センチネルである自分に屈する気などない。けれど差し伸べられる手を取ることに迷いはなかった。みどりは小さくて、弱くて、それでもその両手でいつも守ってくれる。大きすぎる力の代償に振り回される僕を。

「痛むかい」
「平気」

 新たな痕を刻まずに済んだ首筋に触れる。――それを少しだけ残念がる暗い欲望を腹の底にしまい込みながら。

「僕もだ。君の隣がいい」