キョーヤが寝ているのを見ることは少ない。というのはわたしが先に寝ることが多いから。
つまりこれは貴重なチャンスで。
「もしもーし……?」
わたしの後ろで、ベッドに腰かけて本を読んでいたはずがいつの間にか横になって目を閉じている。雑誌を放って思わず前のめりにそろそろと近寄ってしまう。起こしたらとんでもないことになるとわかっていても止められない。わたしの前ですらここまで隙を見せることは滅多にないのだから。
「わぁ、わぁー……」
眠気に負けたところで手放したのか、丁寧に栞を挟んだ文庫本がシーツに埋まっている。隅で横寝になったまま動かないこのシチュエーション、わくわくしながら眺めていると閃くものがあった。企みの笑顔が浮かぶのを今は我慢する必要もなくて。
「……どうか気づかれませんように……!」
全力で物音に気をつけながらベッドに乗り上げた。キョーヤと向かい合うように寝転がってようやく肩の力を抜き、改めて目の前の寝顔を眺める。前髪がかかる瞼が微動だにしないのもはっきりわかるほど近い。
静かな呼吸に合わせて胸が薄く上下する。こうしてまじまじと見つめると手が大きくて骨張っていたり、鎖骨がくっきりと浮き出ていたり、意外と肩幅があったり。無防備なお昼寝の様子は本当に可愛いのに、キョーヤはどこをどう取っても男の子だった。抱きしめられるとすっぽりと収められてしまうのもこれなら納得。
知っていても見慣れるあまり意識から抜け落ちていたいろんなことが見えてくる。これはちょっと、なかなか、かなり楽しい。そして少しだけどきどきする。本人の知らないところでこうして勝手に遊んでいるのだから。
「……カメラがほしい……!」
肝心の携帯は初めから持っていないのが悲しい。カメラの類いはないかと未練がましく首を巡らせるのを止められなかった。これを逃したら次は何年後になるか。
「いた、みどり」
――その声は不意に耳へ降ってきた。微かで、掠れて、そのせいで酷く低く落ちた音。
「えっ」
息を呑む間に、わたしの背に回されたのは腕だった。そんな気配もなかったのに本当に一瞬で。よく知っている体温がブラウス越しに触れ――一気に引き寄せられた。衣擦れの音を聞くころにはもう決着はついている。
「んーっ……!?」
がつんと顔を強打したのはキョーヤの胸。慌てて視線を上げると、寝ぼけ眼をゆったりと瞬かせて明らかに意識がはっきりしていない寝起きの様子がある。目の前でこそこそ遊んでいたことに怒っているわけじゃなくてほっと……できるはずもなかった。
「みどり、どこ行くの……」
すぐさま両腕でホールドされて退路を絶たれたときには遅かった。どんな状況であれキョーヤがわたしに力負けすることはありえない。つまりもう逃げられない。強い。
「い、い、行かない……」
「……なら、いいよ。このまま僕に抱かれてるか、大人しく観念するか、どちらかだ」
「……えっそれ二択の意味は」
あるの、と問いただすことばは飲み込んだ。キョーヤの目が据わっている。腕はびくともしない。詰みだった。「寝る」のひとことを残して再び瞼を下ろすのと同時に今度は脚に脚を絡められてしまえば――逃げ出そうとしていた理由はどこかへ飛んでいった。
キョーヤは目を覚ますまでわたしを離す気はないのだとわかったから。
「温かい……」
ほとんど眠りに落ちたそのことばどおり、この腕の中は世界中のどこよりも気持ちがいい。白いシャツに頬を寄せるとその温度のかけらがそうっと伝った。キョーヤに包まれたここは思わずうとうとしてしまうくらい緩やかな時間が流れている。
「みどり」
わたしに注がれた視線はもう伏せられている。それでも名前を呼んでくれた声は耳に響いて、残って、消えたりしない。キョーヤの口から聞いたわたしの名前を頭の奥で繰り返すだけでこの上なく幸せな気分。
幸せだから、このまま眠ってしまおうと思う。大好きな腕に抱きしめられたままなら何かいい夢を見られそうな気がする。
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