「トリックオアトリート!」
今日ようやく会えた彼女は、微笑みながら小さな手を差し出してきた。
そうしてこちらは、自らの手のひらを見下ろす。次いで机上。引き出し。
結論は。
「ない」
「えぇ……」
「持ってない」
正確には、待ちくたびれて手元の雷おこしをすべて食べてしまったのだが。制服姿に簡素なとんがり帽子を合わせた魔女には当然そんな事情は関係なく。
「じゃあキョーヤにいたずらできちゃうね! はいこれ」
「なにこれ」
見たところ、押しつけられたのは黒いマントと変わった襟元のシャツだ。急かされるままその場で着替えると、彼女は満足そうににっこりと笑ってインスタントカメラを取り出す。
「吸血鬼の衣装だよ。わー、かっこいい!」
「これが君のいたずらか」
「年に一度のハロウィンなんだもん、どうしても着てほしくって」
年に一度のいたずら枠を使わなくとも頼まれたら(渋々)着ていたことは黙っておく。それはともかくとして、真正面でカメラを構える彼女の手を引いて隣に呼び寄せた。こんな格好の自分を単純に残させる気はない。
「君は魔女なんでしょ。いっしょに入って」
「うん! じゃあ、シャッターは任せちゃうね」
そうして渡されるカメラを左手に持ち替える。確かに彼女よりは安定するだろう。考えながらも、脳裏には別の気づきがあった。
先ほどから、なにやらたくさんの要求を呑んでいる気がする。彼女のように言い換えるならば「お願い」だろうか。しかし今日の事情で言い換えるとそれらは「いたずら」になる。
「トリックオアトリート」
――ぱっと振り返った彼女の頭から帽子がずれて落ちていく。ぱちぱちと瞬く丸い目は「今なのか」と訴えてくるようだ。ほんの少し気分がいい。
これからもっとよくなるのだが。
「僕にもくれるんでしょ。お菓子」
「……さっきなくなっちゃった……」
「ふぅん。まさか、僕へのいたずらが済んだらそれで終わりだと思ってたのかい」
「あっ、家に帰ってすぐ持ってくるから……」
「待てないな」
後ずさろうとする背に腕を回して抱え込むのは容易い。
「計算ミスした君が悪い」
「吸わないでぇ」
「……いたずらされたいの」
顔が背けられると首筋ががら空きになる。吸血鬼に捕まったらひとたまりもないだろううかつさが今はかわいらしくもある。こんなところを見られるのは僕だけなのだから。
「あんまり騒ぐと部屋の外に勘づかれるよ」
一応の忠告を最後に狙いはその白い肌へ。
甘噛みと、唇。彼女は好きなのはどちらだったか。
