あちらは文庫サイズの本と辞書。こちらはホットミルクとクッキー。それらを乱雑に並べたテーブルの向かいに座り込み目を瞬かせるだけの姿は、およそ切っ先を向けるにはそぐわなかった。こうして握っているのがどこでも手に入る安物のバタフライナイフであることすら理解しているかどうか。
軽い柄を中空へ跳ねさせてはキャッチしてを繰り返す。ジャグリング未満の手慰みを視線で追う間もみどりは黙りこくっていた。冗談? いつものようにそう問いかける笑みも今は鳴りを潜め。
「だから、オレくらいになると勝手に頭がシミュレーションすんの。今目の前にいるやつをどう始末するか」
この部屋のドアを開けた腕を掴んで引き寄せ心臓を突く。窓を閉めようとしたところを突き飛ばす。そこに転がっているボールペンならば白い喉を破るのに十分足りる。その姿勢だって、とっさに逃げ出すのに最も不利と言えるものだ。
「お前の一日って見てて飽きねー。五分に一度は手が出そうになった」
「ベルはプロなんでしょ、ターゲットでもない相手を脅かさないで」
言外に「笑えない」とむくれるのを見たこちらこそ笑えない。それとも、ここは逆に腹を抱えて大笑いするべきなのだろうか。
こうして自室に居座っている男が暗殺者だというところから冗談だと、本気で思い込んでいるのなら。
「な、手貸して」
頼めば訝しみながらもあっけなく右手を差し出すところなどその裏づけのようで。昨日まで絆創膏を巻いていた指は曲線が目立った。触れる前から柔らかいとわかる非力な五指に自分の指を絡めた。みどりはもうこの手を解けない。解こうともがけばの話だが。
「お前の手首がどんだけ軟らかいかとか、腕の長さとか、ビビったときにどんな反応するかとか。全部知ってる。だからほかの誰よりもたくさんパターンが思い浮かぶんだよな」
みどりの片づけ方、と唇だけで続ける。可動域まで把握した関節の先をなぞると怯えた表情は凍りついたまま返事もできない。それが普通だった。
「ベルって、わたしのことずっと見ててくれるんだね。それって恋だね」
奇しくも彼女はそこから外れている。
いたのは幸せな子どもだった。まるで一世一代の告白を受けたかのように笑顔をほころばせて。
「あー、はいはいそーだよ。お前も大概やべーやつだった、みどり」
認めたくはないが強大な敵にも等しかった。このいつもどおりの能天気な微笑みが本物なのか、はたまた話題をそらすための演技なのか見抜くことができないでいる。
――それでいい。彼女はまだ自分の日常の上にいる。そこから身も心もこの手に収めた瞬間どうなるか見ものだ。決定事項のために焦ることなどない。
これもまた深夜の召集を待つには最高に楽しい時間だと、元々の話に軸を戻してやることにした。
「で、どこからだっけ」
「この端っこ。それは私とスズメが言った、の次から読んでほしいの」
「一ページも読めねぇの?」
