「これ提出し終わったら、すぐに行きますね」
先ほどのノルンの笑顔が瞼の裏に浮かぶ。
アトリエには私しかいない。他は全員採取やら武器開発やらで出払っている。強制連行のリスクも爆発事故のリスクもないのがこんなにも快適で、静かなことだとは知らなかった。
ひとりで、まだ目を通していなかったレシピを開く。やたらと菓子ばかり載っているが、これも錬金術だ。ノルンは喜ぶだろうが。
彼女はどうしているだろう。
昨日このレシピを持ってきたのはノルンだ。早く食べてみたいといちばん楽しみにしていたのもノルン。「ロクシス味見してくださいね」と突然私を巻き込んだのもノルン。
きっと調合を楽しみにしながら、今日の授業を受けていたのだろう。きっと早足で、このアトリエを目指すのだろう。
「ロクシス」
私を呼ぶ声が容易に浮かぶ。
彼女がここに直行する理由、その中に「私に会いたいから」が含まれないことはわかりきっている。
しかし、それでも、どうしても!
私はノルンに意識してほしい。そのためにどうすればいいか、まるで考えつかない。こんなことを望むのは初めてだったから。
踏み出すには、どうしたらいいのか。
目の前のレシピはいつの間にかただの文字になる。私は見事にノルンのことばかり考え――調合の準備をまるっきり忘れた。
「珍しいですねぇ、心配ごとですか?」
ようやく戻ってきたノルンに思い切り気遣われ、嬉しいやら恥ずかしいやら。
ふたりきりでよかったと、悟られないように息をつく。
