皿を揺らしたら同時に震えそうなほど柔らかくて、ぷるぷるのオムレツ。それをチキンライスの上に乗せる手つきにためらいは見えなかった。丸く整えられたご飯に、冠のように輝く卵の色。ケチャップの甘酸っぱい香り。すべてが食欲をそそった。
「きれい……!」
「うまくできてよかった」
包丁を扱う手、具の焼き加減を見る目、フライパンを振る腕。今日はごちそうさせてということばに甘えて、それをずっと横で見ていた。キッチンに立つ順平くんは真剣で、堂々として、とてもかっこいい。
そして今日、その心の向く先がわたしだけだということを知っている。無言で見つめ続けてしまったのは、あんまり嬉しくて、幸せだったから。
「あんまり見られると恥ずかしい」
そう言ったときの順平くんは赤くなっていたけれど。
「退院おめでとう、藍さん」
まくっていた袖を戻しながら席に促してくれる笑顔は、わたしの大好きな料理、それ以上に大好きなものだ。今日のことをとても喜ぶ彼の目はとても優しくて、優しいのがくすぐったくて少し勢いよく手を合わせた。
「ありがとう! いただきます……?」
出してくれていたスプーンを取ろうとすると、ひょいと持っていかれてしまう。オムレツの真ん中にすっと切り込みを入れ、とろとろの卵を広げる光景はレストランのよう。テレビでしか見たことがない輝きに思わず呆然としていると、順平くんが持つスプーンはオムレツとチキンライスを一息に掬い。
「はい」
わたしに差し出された。
「えっ」
どんな感想をくれるのだろうと期待にきらめく目は可愛くて、ずっとながめていたくなる。この状況でなければ。
「どうぞ」
「あ、あーんってこと……? これだって照れちゃうよ……」
スプーンと順平くんを交互に見やるのは混乱のせい。こんな、小さい子を相手にするような。けれど単にからかっているわけではないのは表情でわかる。
わたしがいなかった時間を本当に寂しがってくれた、それゆえの行動だと。
「早く食べないと冷めるよ。ほら」
「う、うん」
意外にも押し通るすべを熟知している声に明るく急かされるまま、ほんの少し身を乗り出して口を開いた。
「藍さんがおいしそうに食べる様子がとても好きだ」
順平くんはいつもそう言ってくれる。
だから今回のことだって他意はない、はずだ。
だから――その笑顔がどこか熱に浮かされたようにも見えるのは、気のせいに違いない。
「あなたのその表情って、可愛くて、それに……なんでだろう」
きらきらの大好物が目の前にあるのに、心は騒いで乱れていく。唇に触れたスプーンの縁が硬いことにすら敏感に驚いてしまって。
「変な気分になりそうだ」
どうか順平くんもわたしも、その感情の名前に気づくことはありませんように。せめて今だけは。
口に含んだ卵味とトマト味は間違いなくおいしくて、だからこそ気が遠くなっていく。嬉しいことと、いけないことがこのあともたくさん待っている。
「はい、もうひとくち」
この立派なオムライスを、順平くんはぜんぶわたしに食べさせてくれるつもりだから。
ランダム単語ガチャ No.4371「半熟卵」
