若者

殴り飛ばされたのはわたしではなく迫っていた兵士の方だった。そのままあと数人を同じように蹴散らした将らしき男は、奥で我関せずを決め込んでいた小隊長の胸倉をつかみ。

「無抵抗の市民を捕らえろと誰が命じた? 最優先は市長代行の捜索だと通達が出たはずだ!」

学園の制服着用義務を免除される学部ではあったものの彼はわたしをいち学生と見抜いた。そして、きっと後ろ手に札を構えようとしていたことも。

小隊全員が転がるように広場へ去っていくのを見届けもせず、彼は木の根元に座り込んだこちらへ手を差し伸べてくれる。

「よく耐えたな。全面的に奴らに非があるが刃傷沙汰となれば尋問は免れない」
「ありがとう……」
「お前も早く寮に戻るんだな」

薄く笑った彼が存外と若々しい面持ちだったこと、燃えるような赤い髪が綺麗だったこと。死を覚悟したことよりも、そんなことばかりが胸に焼きついて消えなかった。

この戦乱はやはり都市同盟と皇国だけのものではないし、グリンヒルの混乱も皇国の総意ではない。でなければここでわたしは有無を言わさず連行ないしは処分されていたのだから。

***

放たれた矢を弾いた瞬間、シードは明らかに目を見開いた。騎乗した魔法部隊への指示を飛ばしたこちらへ向けたのは敵意ではなく驚愕で。

「あのときの女生徒だろ!? お前がリシュか!」
「どうしてわたしのことを……!?」

森に隠れた伏兵全員が合図と共に飛び出していく。副将へ部隊を任せたらしいシードはそれを回り込んで単身こちらへ突っ込んできた。ルックの部隊の援護を最優先にと言い含められた兵たちは振り返りはしても戻ってくることはない。

馬を伝令へ譲ったわたしが逃げ切れるはずもなく、森の奥深くへ追い詰められながら彼の怒声がどんどん近づくのを背に受ける。

「隊長クラスの情報くらい集められないわけがないだろ」

とうとう馬を降り、シードは剣を抜くことすらなく歩み寄ってくる。奇しくも大木を背にしたわたしとの立ち位置は、グリンヒルで助けられたときの光景とほとんど同じで。

「お前みたいな虫も殺せなさそうな奴を将軍役に引きずり出すほど同盟軍は人手不足らしい」

紋章も使い果たし、これまでの戦闘と不意の逃走のせいで体力も尽きている。ここで戦闘に持ち込んだところで結果は見えていた。敵意を見せなければ油断も表さない彼の目はまっすぐわたしだけを見据える。あのときと同じで考えることなどお見通しなのだろう。シードとは踏んできた場数が違いすぎる。

「グリンヒルでリオウの離脱を手助けした者の中にお前がいたことは聞いている。紋章で暴れてくれたこともな」

右腕を掴まれ、一瞬身構える。ほんの少しの前触れさえない動きだった。けれど予想された痛みはなく、とはいえもがいても大きな手が外れることもない。高いところから降り注ぐ視線は射抜くように鋭く、目を伏せることさえ許さなかった。

「殺すの……?」
「殺さない。頭数合わせの一兵卒を始末したところで何の得もない。見逃す気もないがな」
「どうして」
「私情。とでも言うと思ったか?」

――ふっと、相好が崩れた。冷徹な敵将の顔の下から現れたのはあの日と変わらない笑顔。

互いの立場など忘れてしまうほどの、自然な表情だった。

「未来あるハルモニアの若者を潰すかよ。留学先で同盟軍に捕虜にされてこき使われてたとでもでっち上げるさ」
「あなたも若者なのに……」
「うるさいぞ。オレからしたらお前なんかそれ以前に小娘だ! 守られて当たり前の子どもなんだよ」

彼が言っているのはわたしが二度と同盟軍に戻れないも同然の、けれど今この場で出せる最適解だとわかる。皇国もハルモニアも、二等市民のわたしの発言など聞く気はない。反対に彼の証言ならば問題なく通ると容易に察しがついた。

「リシュ、オレと来い。今度はあんな目には遭わせないと約束する」
「……リオウは助けに来てくれる」
「そうかもな。だとしても返す気はないぞ。せっかく取り戻した同盟国の国民をまた攫われたとあったら後味が悪いだろ」
「それは、建前?」
「お、頭いいな。実は優等生か?」

くしゃくしゃに髪を撫でられ、くすぐったさに思わず笑ってしまう。相手が敵将だという認識が揺らぐ。それは、シードの言う約束が本当に果たされるものだと確信できたからかもしれない。

「一応は拘束させてもらう。クルガンや軍師に話を通すまでは大人しくしてろ」

剣を奪われ、鞍に備えられたロープで両手を括られるのはさすがに怖い。元々なかった「背中を刺してやる」なんて考えはここでも起こらなかった。

ハイランドの人間。彼らをそうひと括りにできなくなったグリンヒルでのあの一件以来、わたしは望まれるような兵士にもなれないのだから。

「……固くなるなよ。煮て焼いて食うわけじゃなし」

苦笑しながら馬上へ抱き上げられる。その腕は力強くて、温かい気がした。

「まぁ道中仲よく……とまではいかないか? それなりにやろうぜ」
「あなた、やっぱり敵じゃないみたい」
「そうかよ、それでいい!」

からりと笑うシードの腕の中で馬に揺られながら、王国軍の駐屯地に連れられる。早く誰かが助けに来てくれるのと同じくらい、この気持ちのいいまっすぐなひとが傷つくことがないようにと祈ることしかできなかった。

 

ランダム単語ガチャ No.700「若者」