「あー、あー、あー」
高く、低く、高く。どんな声も鈍い違和感とともに掠れるのを聞き逃されることはなかった。わたしの前髪を上げる手は冷たい。それとも、わたしの額が熱いのかもしれない。
「夏風邪」
「そんなぁ」
「扇風機のつけっ放しのせいだ」
「ちゃんとタオルケットかけてたもん」
「みどりのそれに何の意味があるんだい」
言外に最悪の寝相を指摘されても毎朝タオルケットが行方不明になる件は解決しない。ベッドに押し込まれて数十分、キョーヤはここから出してくれなかった。対するわたしは自分のものではない寝床になんだか落ち着かない気分。縦にも横にも大きくて、ぬいぐるみがクマひとりだけなんて。ふわふわの手と手を繋ぐ感触にさえぞわぞわとした痺れが走った気がするのは肌が過敏になっているのかもしれない。
「痛くないの」
「平気だよ。ちょっと熱はあるかもだけど……」
「そう」
クマとわたしの頭を交互に撫でたのは大きな手。
「一度眠って。その後また様子を見せて」
「うん。ごめんね」
「君の世話を焼く側になるのも悪くない」
意地悪に笑うキョーヤは、両腕でタオルケットを広げるとわたしを包んで覆い隠してしまった。どう表せばいいのかわからないけど、とにかくほっとする香りと柔らかさ。半ば無理矢理着せ替えられた長袖のパジャマ越しにふんわりと降りてきて気持ちいい。
でも、もの足りなかった。それは一時のお別れの気配を察したからだ。わたしが眠る間、キョーヤはどこにいるんだろう。風邪を引くとひと恋しくなるのは本当らしい。
どこにも行ってほしくない、なんて病人のわがままを飲み込めなくなるほどに平静さを失っているのに気づくのはひと足遅く。
「キョーヤ、いっしょがいい……」
「ここにいる」
「そこじゃなくて、こっち来て。隣がいいな」
半袖をくいくい引っ張るのを見つめる視線は静かで、いつもと変わらない。それなのに行動は素早かった。
ベッドに乗り上げたかと思うとわたしのすぐそばに腕をつき、そのまま上を通り越して背後の余白に横たわってしまう。キョーヤを見ていると猫ではなくてヒョウを連想することがある。大きな体なのにしなやかな身のこなし。
「……子どもの駄々みたいだ」
喉の奥で笑う音。寝返りをうってそちらを向くわたしを両腕に抱いてくれる瞬間、さっきの安心の正体がわかった。タオルケットを被せられるのとキョーヤに抱き締められるのはとてもよく似ている。優しくて、ほんのり温かいところ。
「いいよ。こうしてないとまた寝乱れるからね」
「乱れないよ!」
「病人のくせに暴れないでくれる。名誉より体調を取り戻しなよ」
「……何も言い返せない……」
それはぐうの音も出ない正論のためだけではなくて、ゆったりと背を撫でられ始めたのも含んだ。微熱、快適な室温、大好きな声。何もかもがわたしを眠りに落としていく。真正面でわたしを見ていてくれる視線と繋がっていることすら諦めざるを得なくなる。
「みどり」
そうっと、耳元にことばが落ちた気がした。まともに返事ができたかどうかも、白んでいく意識では確信できなくて。
「僕はどこにも行かない」
――ぎゅっと抱き締め返せる力が残っていたらよかったのに。それは、目を覚ましたときに期待しよう。
