ふたつ、とその口は言った。わたしを捕獲連行したあげく手錠で棚に括りつけた犯人が床に膝をつくと同時に、低い雷鳴がお腹にまで響いてくる。
合わせられた視線はそれに揺らぐことはなくて。
「ふたつも君は間違いを犯した。その償いをしてもらうよ」
「許して、ごめんなさい、許してください……」
座り込んで立てないままのわたし、完全に無力化されたわたし。どちらに対して向けられたものなのかわからないまま、キョーヤのそれはそれは楽しそうな笑みを見つめることしかできなかった。
そうして指折り数えるのはカウントダウンにも感じる。例えば絶望への。
「ひとつ、菓子類の持ち込み」
「それは商店街でお試し品を配ってて、受け取っちゃって」
「ひとつ、たった今僕から逃げようとした。どっちも校則違反だ」
「ふたつめは嘘だぁ」
「口を挟まないでくれる」
「合いの手だもん」
「即刻歯向かうなんていい度胸だね。もうひとつ罪を追加しよう」
横暴極まりない裁判官にむにむにと両頬を摘まれながらそれとなく頭上で手首をでたらめに動かしてみても手錠は外れなかった。これがただのおもちゃであることを祈るばかり。
「さて、本来ならみどりが泣き喚くような手段でわからせるところだけど」
「もうひと通り喚いたよ」
「だろうね。だから他の手を考えた」
そうして後ろ手に引き寄せられたのは机の引き出しの中身。開け放たれたそこからかさかさと乾いた音を立てながら取り出されたものを見て、悪い予感は的中してしまったのだと確信した。
「あ、あ……それは、それだけは止めて……」
「今から君の見ている前でこれを」
大きな手があっけなく封を切った。
「食べる」
「わたしのスーパープレミアムスパイスポテトチップス(期間限定)!」
勝ち誇った笑みのまま一枚が口に放り込まれる。さくさくと軽快な音は本当ならわたしも味わうはずだったもの。一枚、また一枚と削られていく中身を思うだけで身震いがした。お試しなんだからそんなに量があるわけない。
「悪くない味だね。みどりには辛いと思うけど」
「やだやだ、ストップ! 何枚も食べちゃだめー!」
「思ったとおり、いい声で鳴く罪人だ」
「キョーヤの鬼悪魔風紀委員長ー! 離してよー!」
「活きがいいのは結構だけど暴れても無駄だよ」
これは酷い。燃費の悪いキョーヤの手に食べものが渡った時点で負けだったんだ。それにしてもことばとは裏腹になんておいしそうに食べるんだろう。曇り空のせいで忘れていたけど今はおやつの時間帯。
お腹が空いてきた。
「キョーヤ、わたしも。だめ?」
「だめ」
だめだった。キョーヤはわたしのおねだりには弱いはずなのにこんなときに効果がないなんて。いじめっ子モードのキョーヤはとことん意地悪だ。笑顔が輝いているような気がする。
「わたしの、わたしのスペシャルおやつ……」
途方に暮れるついでに騒いだ反動で涙が出てきそう。両手で顔を隠したくても捕まっているせいでできない。そんな状況をキョーヤはもぐもぐしながら見ている。理不尽だ。
「どうしても食べたいの」
「だって一枚くらいほしいもん……」
「それなら、そんな情けない顔しないでくれる」
いじめすぎたと小さく口にしつつ、残り少なくなった袋の中からとびきり大きいチップが取り出される。
「今後同じことがあったら朝いちばんに風紀委員に預けてよ。それなら放課後、ここで食べてもいい」
「うん。約束」
「いい子だね。ほら」
唇に押し当てられた薄いそれからは香ばしい匂いがする。やっと許してもらえた瞬間のひと口は、これ以上ないほどおいしかった。
「ちょっと辛いけど好き!」
「……みどりはこの顔の方が可愛い」
頬張るのを、キョーヤは面白そうに眺め続ける。――その表情に気を取られて忘れそうになっていた。肝心なことがまだ残っている。
「キョーヤ、これ外して」
「やだ」
「えぇ……」
「君を捕まえるのは気分がいい」
「明後日の方向に目覚めないで!」
「それならみどりも目覚めさせるだけだ」
キョーヤが邪道に引きずり込まれかけている。ここで立ち向かえるのはわたししかいなかった。とはいえ状況と力の差は歴然。朝、わたしが誘惑に負けなければこんなことにはならなかったのかもしれない。
キョーヤに神さまに懺悔しても後の祭り、次に何をされるか身構えることしかできなかった。どうかくすぐり程度で収まりますように。
