教育的指導

 応接室の整理を手伝って早一時間。備品棚に収められていたガムテープやメジャーを元に戻そうとして気づいたのは、奥に押しやられるようになっている一冊の本だった。思い切り腕を伸ばしてなんとか取り出すとそれは記録写真の冊子で、卒業アルバムとは違った事務的なもの。

 風紀委員の処分――と称した実力行使を執行した様子を写し、脇にはタイトルと年月日を記しただけ。とはいえ無味乾燥と形容しがたいのはその写真のせい。ごみ拾い、校門前の服装チェックといった定番から遠くかけ離れ、素行不良の生徒を文字通り大木に吊し上げたり札束にしか見えないものを受け取る風紀委員長が鮮明に写し出されていた。

 ちなみに制作は二年前。ということで風紀委員長はもちろんキョーヤだった。今より少し、ほんの少し幼い面立ち。初めて会ったころのことははっきりとは覚えていないけど、こんな感じだった気もする。

「ヒバリ先輩にも昔があったんだね」
「当たり前だよ」

 その答えを最後に、後ろで執務机を整頓していたキョーヤの方から一切の物音が消えた。不思議に思って振り返ってみると、ぴたりと視線がかち合った。珍しく驚きを隠せていない、わずかに見開かれた目。

「みどり、今僕を名字で呼んだの」
「あれ、そうだった? ちょうど昔のことを思い出してたからかも……」

 ことばが途切れたのはその歩み寄る勢いに本気で焦ったからだった。空き缶のポイ捨てをしたサッカー部数人を追い詰めていた数週間前と同じ威圧感がある。どうしてわたしにそれが向けられたのかてんで思い至らないまま、気づけば両手に肩を掴まれて。

「君はみどりを騙るニセモノには見えない」
「う、うん? そうだよ、みどりだよ」
「……僕を呼んで」
「キョーヤ」
「それでいい」

 瞬時に戻ってきたいつもの無表情で深く深く頷かれて、もうわけがわからない。混乱してばかりのわたしをよそに、キョーヤはいつまでもわたしを離そうとしなかった。そっと抱き寄せられて、キョーヤの胸に額をくっつけるわたしからはその表情の子細は見えなくなって。

 そうして頭を撫でられて、ようやくわかった気がする。もしかしてショックだったのかもしれない。思えば名字で先輩だなんて、遥かな距離を取っている印象。本当はそれが普通の形だけど、きっかけなんて忘れてしまうほどずっと前からわたしたちは名前で呼び合っていたから。

「……君は僕のことを常にそうやって呼ぶべきだ」
「うん。さっきはうっかりだもん、いつもキョーヤって呼んでるよ」
「そのうっかりが生まれる隙もできないように徹底的に叩き込んであげる。今決めた」

 流れが変わった。

「えっ何そのスパルタ発言は……」
「あんな大昔の癖が今もみどりに残ってるなんて油断したよ。甘やかしすぎたかな」
「そんなことないよ!」

 いや本当はとっても甘やかされている自覚はあるし甘えている自覚もある。それでも今、下手なことを言ったらどうなるか……おそるおそる顔を上げると、存外と柔らかな目に見下されているのがわかった。その後ろ、窓の向こうはあんなに晴れていたのに急に雲が覆い始めている。

「ルールを作ろうか。君がこれからああいった呼び方をするたびに僕が直接指導する」
「そんな機会めったにないと思う」
「それじゃ足りない。可能性はゼロにしないと」
「……指導って?」
「知りたいの」

 骨を感じさせる指先が、わたしの唇に押し当てられた。不意の接触に跳ねてしまう肩を、腕に抱かれてそのままのわたしをキョーヤは満足げに眺めるだけ。

「ここで今すぐ教えてあげられる。どうしたい」