衣装ケースを開け冬物を当たろうとした手は、偶然それの裾を引っかけていた。ハンガーごと持ち上げてみるとわずかな重みがある。ブラウンの毛皮、白いお腹、丸い尻尾。
去年家族に買ってもらった大好きなテディベアのキャラクター、その着ぐるみパジャマだった。フリース素材のあったか仕様。
――フードの部分についたクマ耳を眺めていると湧き上がるのはちょっとしたいたずら心。これも長い目で見れば寒さ対策に変わりはないはずで。
「ただいまー」
「上着は見つかったの」
部屋で座って待っていたキョーヤは振り返った途端にことばを失った。いかにもびっくりしている様子が可愛かったりしてやったり。それはそうだろう、いつもの玖珂みどりが戻ってくるのかと思ったらそこに立っていたのはもこもこシルエットのクマだったのだから。
「この家ショットガンはどこに置いてあるんだい」
「置いてないし狩らないで!」
「野生動物が民家に入り込むなら猟友会の出番だって聞いたけど」
「キョーヤ、狩猟免許持ってるの……?」
上下ツナギの体を前のボタンで留めると外に出ているのは手足の先と顔だけになる。両手でフードを整えると、伝う振動で尻尾が揺れた。
「可愛いでしょ? すっごく温かいの」
「可愛い。けどたまに君の趣味がわからなくなる」
隣の座布団についたわたしのクマ耳を興味深そうに眺める視線は、次いで頭、お腹、尻尾へ注がれる。狙い通りの反応をもらえたのが嬉しかった。クマに夢中になるキョーヤだなんて、なんて可愛い構図なんだろう。わたしはわたしで、久しぶりの着ぐるみにテンションが上がっている。
「手触りがよさそうだ。みどり、触りたい」
「どうぞ」
「……へぇ。本当にいい」
握りやすい耳と尻尾をくすぐる両手は楽しそうに止めようとしない。こちらもまじまじと全身を眺められ続けるのが楽しい――のにこんなにも見られるのは想定外だった。サイズが大きいせいで余りがちな袖をむにむにと摘まれ始めるともうくすぐったさが限界で。ちなみにくすぐったいのはわたしのメンタル。
「も、もうおしまい。キョーヤってば」
「やだ」
「えっ」
「やだ。君が普段してるようにするよ」
散々遊んでいた大きな両手が背中に回り――キョーヤはわたしを容易く自分の膝に乗せてしまった。そうしてぎゅっと抱き寄せてクマの頬に頬を寄せるのは、確かにわたしがしていること。けれどそれはぬいぐるみ相手の話で。
「……うん、柔らかくて気持ちいいね。僕もこれからは君をこうして抱こうかな」
「わたし人間だもん」
「今はクマだ」
「ぬいぐるみならベッドにたくさんいるよ」
「あの子たちはみどりのものでしょ。それに僕は君がいい」
話に上った彼らは今もベッドで仲よく並んでいる。まるで全員でわたしたちを見つめているようで一気に恥ずかしさが頬まで至った。赤い、と端的に指摘する声はやっぱり近い。
「着られてるみたいだね。可愛い」
わたしがあの子たちを抱き上げるときと大して変わらないだろう、そんな笑みで見下ろされたら脱出なんて考えられなくなっていく。
「……暑くなってきた……」
「好都合だ。このままでいてくれたら僕も温かいよ」
「……じゃあ、今日はキョーヤのぬいぐるみになってあげる」
いつもよりもっともっとくっついていられる、それ自体はとても嬉しい。どきどきのままに心機一転、クマに徹することにした。
優しく抱きしめてくれる腕も、見つめてくれる視線も、温かい。
