彼のそばにいたのは黒いパンツスーツをきっちりと着込んだ、大学生くらいの女のひと。淡い色の髪をふんわり巻いて、靴は華奢なピンヒール。すらりと背が高くてモデルさんのようにきれいな彼女はにこやかに、校門でわたしを待っていたキョーヤとなにごとかを話している。
それを見た瞬間なぜか、なんだか、とくにこれといった理由もなくすぐ近くの木の方へ隠れてしまった。こちらに背を向けているキョーヤはともかく、あのひとはとても楽しそう。卒業生、それともいとこ?
そんなふうに考えてしまうくらい親しげに続く会話が気になって――それと少しの焼きもちもあって、やっぱり近づいてみることにした。あんなに話が弾むなんて。
ここまで来ると、彼女のきらきらのアイシャドウはとても大人っぽくてミステリアス。毎朝鏡で見つめるわたしとは大違いだ。隠れたくなったのはこのあたりのせいかもしれない。いろんなことがうらやましくて。
長いまつ毛の下、どこかうっとりと細められる目が見つめるとキョーヤはなにか相づちをしつつ頷く。
「そうかもね。根回しさえすれば後は簡単にいく」
「でしょう? だから、あなたの組織にもぜひ」
「ずいぶんな情報網を持ってるようだ。僕の趣味嗜好についてそっちではよほど丁寧に精査したのかな。君ほどの人間がよこされたからには」
褒めことばが渡されたということしかわからない。けれど、キョーヤのことばで彼女が表情を変えたのは乱入直前の第三者でもわかった。
何かの冗談のように酷薄に。
「生意気なガキ」
***
彼女が足早に立ち去った後には、ほんのりと甘い香りが残っている。遠ざかるかつかつと硬いヒールの音はいやに高圧的で、遅れて合流するわたしにも刺々しいのとはちぐはぐだ。
「キョーヤ、今のお姉さんは……?」
「うん。悪い組織の女」
「そうなの? どんな?」
「みどりにはまだ早いよ」
つまりめちゃくちゃに悪い組織だということにほかならなくて。そんな相手と対峙した直後だというのにこの平静さ。
どこかへ手短にメールを送り終えて携帯がぱたりと閉じられるのは、キョーヤがこちらを振り向く合図。
「うちの情報をかすめ取りに来たらしい。人選ミスだったけど」
「すごく怒ってたね。キョーヤはさっき褒めたのに」
「聞こえてたのかい」
「ちょっとだけ」
「僕は彼女みたいなのには興味がない。本人には伝わったようだ」
いっしょにキョーヤの家に向けて歩きながら、第一印象の彼女を思い出してみる。どこを取っても、まるでお手本のような美女。そういえば今さらながらに思うと、ワイシャツの襟が開きがちだったような気もして――白い喉元はとある単語をわたしの記憶から引っ張り出した。
「マンガで見たことある! ハニートラップだ!」
「そのつもりだったのかもしれない」
直接否定しなくても拒絶を表す言い方はいろいろあるんだと、状況をさておいて感心してしまう。つまり変化球だから、わたしや周りを通り過ぎていく誰かには平穏な会話に聞こえたというわけで。
ところで。
「キョーヤが気になるのってどんなひと?」
「みどり」
わたしの真ん中に飛んできたこれは直球。
ランダム単語ガチャ No.2599「色仕掛け」
