手料理

 
 ほろりとした甘みが舌先に柔らかく広がるのが心地よくて、いつもよりゆっくりと味わった。机の向かいでは同じ光景が展開していて、けれどお互いの前に置かれた弁当箱には真逆の食事が詰まっている。

「キョーヤのおうちの卵焼きは甘いんだね」
「君のところは塩だったね」
「うん。んー、卵もパンもふわふわでおいしい」

 そう、と頷いてキョーヤがまた大きなひと口でかぶりつくのはおかかのふりかけが散るおにぎり。そのほかにも菜めし、しそ、鮭と色鮮やかなラインナップを取り揃えたおにぎりセットはわたしの特製だった。ラップの中で順番を待っている。

 一方キョーヤが作ってくれたのは小麦のいい香りすら具材になっているサンドイッチ。レタスと卵とトマトはわたしの大好きな組み合わせ。

「君が食べるといい音がする」
「しゃきしゃきレタスだからだね。キョーヤの腕がいいんだよ」

 噛みしめる緑の苦味とともに気持ちいい響き。その後ろではまだまだ雨音が止まる気配はない。とはいえ、お出かけの予定がだめになってもわたしたちにはお弁当という大きなお楽しみがあった。

 それぞれが用意したものを交換することは決まっていたけど、まさかふたりして手作りを持ってくるなんてことは想定外で。

「それにしても、見事に互いの好みを突いてきたものだね」
「ほんと、キョーヤがサンドイッチって意外。あ、一個目もう食べちゃった」
「まだ三つある。全部食べて」
「うん!」

 ふたつめにかじりつくのを、キョーヤは菜めしに取りかかりながらじっと見ている。そうしてわたしが作ったものにもぐもぐと夢中になってくれるのがこんなに幸せだなんて、今まで知らなかった。

「何見てるの」
「いっぱい食べてくれるの、嬉しいなって」
「そう」
「キョーヤ、おいしいって顔してるもん。可愛い」
「君だってそうだよ」
「そんな顔してる?」
「昨日新聞に載ってたハムスターみたいだ。頬のあたりがとくに」
「えぇ……」

 確かにペットショップの広告があった。乾燥野菜をいっぱいに頬張るハムスターの写真だったはず。素直に喜んでいいのかわからないけど、そうやって笑うのなら褒めてくれているのだろう。

 どんな変化も取りこぼしそうにない視線は優しいのに熱い。それが向けられているとわかると、妙に意識してしまって。

「ふっくらして可愛い」
「あんまり見ないで」
「やだ。君だって見てたでしょ」

 意地悪に覗き込んでくるのからふざけて体ごと顔を背けると、窓越しに灰色の雲が厚く空を覆っているのが目に入る。それが全く気にならないのは大好きな料理を大好きなひとが作ってくれた幸せのおかげだった。幸せなのも甘いのも嬉しくて、ガラスに映る自分は今日いちばんの笑顔をしている。

「ほらね」

 いつの間にか机を回り込んできたキョーヤの指が頬をつつく。すぐ隣の椅子に腰かけられたらさっきよりも距離が縮まって。

「今度は何がそんなに嬉しいの。教えて」

 ぜんぶ、なんて正直に答えたら雑だと返されてしまうかもしれない。