いっしょに踊って

 

 突然の落雷にも、それによる停電にもみどりが大きく驚くことはなかった。その証拠に、屋外から避難させてきた鉢植えが置かれた窓辺から離れようとはしない。稲光が姿を表すたびにわずかに肩を跳ねさせるのを隠せないまま。

「大雨にはならないそうだよ」
「でも、心配なんだもん。外に置きっぱなしだと風に飛んでっちゃうかも」

 育て主の心配もつゆ知らず、オンシジウムは今日も変わらず黄色の花を咲かせている。そんな様子を彼女が「星空みたい」と喜んだ直後の暗闇だ。真っ黒な視界にようやく慣れた目は、小さな手が鉢をしっかりと支えているのを認める。

「怖いの」
「怖くないよ」
「それが強がりなら、みどり。おいで」

 ――ややあって、慎重に立ち上がるのにも花を手放そうとしない。腕を広げるのは見えていたのか、緩やかな歩みは迷うことなく胸に飛び込んできた。その足音にかき消されてしまうほどささやかな雨が窓を叩き始める。不規則なリズムから引き離すように背を抱き寄せると、頬が甘えて擦り寄せられるのがわかった。多少は余裕ができたらしいみどりの、ほんの戯れ。

「もう平気。キョーヤたちのおかげだね」
「それも君の味方なのかい」
「もちろん。黄色がシャンデリアみたいに光って見えるでしょ」

 腕の中で背を向けた彼女は、精一杯といった体で鉢を掲げた。広くはない部屋を照らせない花びらにそのような印象を抱けるのはここにはひとりだけだ。

 可愛らしいから。花屋で見かけたこれを贈ろうと思った理由はそれだけだった。大喜びでじょうろを持ち出す姿を思い描いた昨日の家路は暖かく、透き通るような空模様だったのを覚えている。ありがとう、そう何度も繰り返したみどりが楽しそうに庭を行き来する軽やかな足取りも。

 ――ひとつ思い出すごとに、目の前がほの明るくなる気がした。錯覚だと頭では理解しているものの、ではこうしてふわりと染まる頬が現れるのはどういうことだろう。手のひらいっぱいに触れて温度も柔らかさも確かめたくなる、幸せの色がはっきりとわかるのは。

「電気、直らないね」
「それは、いいよ」

 引き取った鉢植えを窓辺に戻す。唐突に空いてしまった彼女の両手を後ろから包むと、心配していたほど冷えてはいなかった。右手の指を絡めるとくすぐったそうに肩を震わせる。雷に気が気でなかったらしい先程よりはずっといい。

「このままでもいい」
「うん」

 ことば通りだったらしい。この花は彼女を勇気づけるためにきらめいている。それを呑み込むには感性が違いすぎたようだが、僕は僕の方法で同じことをすればいい。真正面に元通りの笑顔が帰ってくるまで。

「ね、何だかこれってダンスの姿勢みたいだね」

 すっかり気を取り直した声は星明かりのように穏やかな響きを帯びていた。

「ダンスホールにしては質素だ」
「キョーヤの部屋で、キョーヤといっしょなんだもん。いちばんの舞台だよ」

 同意を求める代わりなのか、ゆったりと預けられる背。ここが彼女にとってのいちばんなら何も言うことはない。その心が躍るままでいられる場所なら。それには、窓辺の細い灯火だけでは心もとない。

「みどりが望むようにしたい。それならやっぱり、復旧を待つより動いた方が早い」
「わたしの?」
「踊りたいんでしょ」

 ころころと跳ねるのは「そうかも、そうだね」と笑みの混じる答え。待っていろというのはきっと聞き入れられないのだろう。一度は離した手を改めて繋ぎ直し、目を閉じていてもわかる扉の方へ踏み出した。

 ふたりで戻るころには、少しは舞台らしくなっているはずだ。

 

 夢小説企画サイト「光に溺れていなくなる」様へ寄稿。(花言葉企画/オンシジウム/一緒に踊って)