叫ぶ

 

 あの光景が今も脳裏に焼きついている。

 空の教室でひとりしゃがみ込むみどり。恐怖のあまりこぼれたらしい悲鳴は、すわ敵対勢力の襲撃かと反射的に得物を取り出さずにいられないほど震え。

 助けを求めてこちらを見上げた目は泣き出しそうに潤んで、それが真夏には涼しげな水面だと場違いに見とれ――その隙を突いたのは彼女を襲った個体だった。

 死にかけの体で飛びかかってくる、ばらばらと不快な羽音。間一髪トンファーで払い落とした向こうでは窓が開け放たれ、未だ太陽が残る空がある。じじ、とひび割れた断末魔はその赤さにあぶられるよう。

 正真正銘、夏の盛り。

***

「出たぁ」

 みどりがひっくり返った声をあげてまたしても背中にしがみつく。道路の右から左へ蝉が飛び移っただけのことを、あれから一年たった今でも彼女は怖がって後ろに隠れようとした。

「めったなことでは攻撃してこないよ」

 事実を述べたものの、そのめったなことが実際に降りかかったのだから無理もない。唸りながら隣へ戻ってくるみどりを待って道行きを再開したが、これは今日で――というより彼女の家を出発してから三度目だ。学校までの道のりがこんなにも長く遠く感じたことがあるだろうか。

「だって怖いんだもん。音とか顔とか、裏側の脚とか」
「確かに、怪物じみてはいるかもしれない」

 まじまじと観察したことはないが、うごめくパーツは硬く鋭かったはずだ。そんなものがあちこちを飛び回るこの季節は彼女には厳しすぎるものがある。

 ぴたりと背に貼りついてくる柔らかい温度は、こちらとしては役得だが。

「ありがと。キョーヤが守ってくれるからやっと出られたの」
「出校日に遅刻なんて許せないからね」

 強張っていた表情は青天の下でやっといつもの笑顔になる。どうにも気になってみどりの家を訪ねた直感は正しかった。数日ぶりに会える表情が不安げではこちらも調子が出ないから。

「みどりが小さくてよかったよ」

 何があっても隠してあげられる。ちょうど触れやすいところにある丸い頭へぽんと手を置くと、嬉しそうに笑う声が耳をくすぐった。

 

ランダム単語ガチャ No.81「叫ぶ」