「君が好きだ! 付き合ってくれ!」
ノルンは鳩が豆鉄砲……を体現したかのような表情のまま硬直する。もちろん、僕が大声であんなことを叫べるはずがない。ノルンを校舎の倉庫前に呼び出した同級生の男子生徒だ。少し日が傾いたオレンジ色の空の下でも、頬が赤くなってるのがわかる。
あからさまに緊張した彼に伴われてついていくノルンを見かけて、何となく心配になってついてきてしまった。図らずも野次馬同然になった自分に罪悪感を覚えつつ、物陰からじいっと様子をうかがう。
ノルンは、アトリエの女の子たちのなかでは(そう、あのアトリエのなかでは)度胸がある方ではない。もし彼女が望まない展開……例えば、今すぐの返事を強要されたり承諾を強制されたりして怖い思いをしやしないか。それだけが不安だった。
(ノルンはおっとりさんだから)
いざそうなってしまったら僕がノルンを守らなくちゃ。
「ごめんなさい」
「えっ」
うっかりそう口にしてしまいそうになるのを、唇に手のひらを押し当てて止める。ノルンの返事はほんの数秒後に出てきた。
そして――僕は同時にひどく安堵した。ノルンから「喜んで」なんてことばを聞きたくなかったから。ちょっとだけ、彼の想いが実らなかったことを嬉しく思って、また罪悪感。
――こんなことを考える僕が、ノルンをどんな目で見てるのか。嫌でも自覚するしかない。
(ノルンには失礼かもしれないけど)意外にもあっさりと決着したこの場に、僕よりも呆気にとられていた男の子はひっくり返った声で言い募った。
「そ、そんな! どうして?」
「え、と」
恥ずかしそうにことばを詰まらせるノルンは、それでも意を決したように答える。
「好きなひとが、いるんです」
***
しょんぼりと、でも「ありがとう」と言い残し、彼はその場を離れた。僕がいるところとは反対の方から出ていったからその表情はわからない。でも、わからなくてよかったのかも。
彼はとても勇気がある。心のどこかで、こういうことになる予想をしたことだってあるはずなんだ。それでも、ノルンに気持ちを伝えた。
今の僕には到底、真似できそうにない。
ノルンはといえば、痛みをこらえるようにきゅっと目を閉じ、しばらくその場で立ち尽くしていた。声をかけるのもためらうほど、気持ちを内側に閉じ込めている表情だ。
僕も、いつかそんな顔をさせてしまうときが来るのかもしれない。
今の僕は、ノルンの拒絶が怖い。大好きな声で綴られる「ごめんなさい」が何より恐ろしい。そうなるくらいなら、このまま……アトリエの大切な仲間で、友だちのヴェインのままでいいとも思う。でもそれは、僕の「好き」がずうっとノルンに届かないことと同義だ。
ノルンの好きなひと。それが誰なのかはわからない。そのひとへの想いはこれからも変わらず続いていくかもしれない。それでも、僕の気持ちを受け取ってもらうためにはいつか、伝えなくちゃいけない。
「……あ」
さく、と、芝生を踏む音がする。ノルンがこっちに戻ってくる! 突然のことに、足は言うことを聞かない。
偶然居合わせた風を装うのか。ノルンに正直に何もかも告白するのか。
僕は、どんな顔でノルンと鉢合わせするのか――
少し伏せられていた視線が、驚いたように跳ね上がり、僕を捉えた。
