キョーヤがアクセサリーの類をつけることは珍しいと思っていた。しかも、こんなにごつごつした意匠は。
「僕のじゃない。押しつけられたんだ」
そんな事情を聞かされたら一応は納得。だから、こうしてわたしが触ってながめて遊んでいても問題ないのだろう。ベッドに腰かけて文庫本を読んでいたキョーヤは、飽きないのかと少し呆れながら座布団に収まるわたしを覗き込む。
「だってかっこいいんだもん。わたしもこういうのつけたいな」
「みどりには似合わないよ」
指摘されながら指輪を中指に通してみると、やっぱりサイズが違いすぎてぶかぶかになってしまう。おそろいデザインをつけたかったのにとなんだか残念な気分になりながら、見下ろすキョーヤに手渡した。
「もっとふさわしいものがある。そのうちね」
「プレゼントしてくれるの?」
「何年後になるかな。そこそこに期待してなよ」
「うん!」
大きな手のひらで転がした指輪がスラックスのポケットに入っていくのを目の当たりにしながら頷いた。どんな可愛いものをくれるんだろう。花がついたもの、ピンクゴールドのきらきらしたもの。
「キョーヤがくれるんだもん、とっても楽しみにしちゃう」
「そんなに待つ必要はない」
――そのひとことは、笑って髪を撫でてくれていたキョーヤのものではなかった。それなのに、一瞬間違ってしまいそうなほどそっくりな声。
壁一枚隔てたようにくぐもった響きは振り向いた先の、数回のノックの後にまたしても。
「入るよ」
「え、え、キョーヤのお兄さん……?」
「そんなのはいない」
あっさり開かれた扉の向こうには確かにひとり立っている。どころかまるで自宅ですと言わんばかりの自然さで部屋に入ってきたそのひとは、わたしたちを見下ろして小さく微笑んだ。
「僕は十年後の雲雀恭弥だよ。この時代のみどりが懐かしくて会いに来た」
ここに十年バズーカは撃ち込まれていない。その証拠に、わたしがよく知るキョーヤはこうして着流し姿の自称雲雀恭弥を落ち着いて見つめているから。
「えっと……?」
「あぁ、そういうことか。雲のリングが増殖を働かせたらしい」
「キョーヤが難しいこと言う……」
「つまり僕が増えた」
「なになになにどういう」
ほとんど混乱して立ち上がってしまうわたしを、大人のキョーヤは片手を上げて制した。仕草が軽やかできれいなのは今のキョーヤと同じだ。
「慌てることはないよ、まだね」
「まだ?」
「入るよ」
「えぇ……」
いっそ不自然なほど静観を貫くキョーヤもこの光景は間違いなく見えているはずだった。幻なんかではなく。それなら知らないひとがどんどんこの部屋に現れるのを怒らないのはどういうことだろう。まさか、本当に。
「忘れたの。僕は君と夏祭りに行った日の雲雀恭弥だ」
ふたりめはさらりと自己紹介した。
「キョーヤが増えた……」
「見覚えのある格好だね」
夏服の彼の頭にはキツネのお面がくっついている。そういえば夏、わたしがふたり分買ったうちの片方をあげたんだった。両手はそれぞれりんご飴とベビーカステラの袋でふさがって、いかにも満喫しているよう。
「あぁ、これじゃあ行儀が悪かったね」
そこらからもう一枚座布団を持ってくるのは勝手知ったるなんとやら。どうやら本当にキョーヤがいっぱいになってしまったらしい。わけがわからなくてもともとのキョーヤの後ろに隠れようとベッドに上るのを、後から来たキョーヤふたりはそれぞれ目で追っている。
「記憶の通りだ。こんなに小さかったんだね、君は」
大人キョーヤの手がわたしへ伸べられるのを、キョーヤが黙って払いのける。
「みどりもカステラ食べるかい」
「あ、どうもいただきます……」
「僕に他人行儀にしないでくれる」
カステラの袋をくれるお祭りキョーヤへの態度をキョーヤに注意されても、それじゃあ今大人キョーヤにした対応とは矛盾するんじゃないかと頭がこんがらがってしまう。キョーヤも混乱しているのかもしれない――キョーヤが多すぎてくらくらしてくる。文面的な意味で。
「キョーヤは、あんまりびっくりしてないように見える……」
「リングの力は未知数だからね。ありえないことじゃない」
「呼んだかいみどり」
「何、飴も食べたいの」
「君たちじゃない黙ってて」
「どどどどうしよう……」
この状況、どうもしなくていいのかもしれないけど精神衛生上は大問題だ。
それなのに。
「入るよ」
「もう許してください……」
律儀に閉められていたドアが三度開かれる。やや荒々しく踏み込んできたのは、なんと吸血鬼の衣装を身に着けたキョーヤだった。仏頂面がわたしをまっすぐ見下ろしてくる。
「あ、あ、あなたは」
「みどりにこんなものを着せられた雲雀恭弥だよ。落とし前をつけてもらいに来たんだ」
どこからどう見てもお礼参りだ。それなのに差し出されるのはミニスカートが可愛らしいナース服――少し血のりで汚れている。
「キョーヤあのときはいやだって言ってなかったし……」
「君が選んだんだ、いやではないよ。ただ僕のお願いは倍にして返してもらわないと」
「うーんその服は嬉しいけど」
ハロウィンだ仮装だと浮かれていたいつかの報いがまさかこんな形で返ってくるとは思いもしない。渡された仮装は取りあえず受け取るけれど、いつもの調子で着替えてこようなんて思える余裕はなかった。
「けど?」
「キョーヤが四人もいると圧がすごい」
なにせ広々としているはずの部屋がこんなにも狭く見える。
「僕を計算に入れないでくれる」
注文をつけるキョーヤはすぐ隣にいるけど。
「ねぇ、早く着てみせて。そのために来たんだから」
「で、でも……」
「ここでしてもいいんだよ」
「それはだめー!」
ヒバリンに急かされるままにベッドから降りようとする初動から阻まれてしまう。というのもわたしよりずっと大きな体がこんなに近くに集まったら壁かなにかのようで。
気づけば、わたしがこの部屋から出られるルートはすべて断たれていた。
「未来に帰ったらもう君とは会えないんだ。もっと話そう」
「ふざけないでくれる。みどりは僕と遊ぶんだよ」
「僕がみどりを着替えさせるのが先でしょ」
「あわわわわキョーヤ……」
大人キョーヤとお祭りキョーヤとヒバリンがじりじりとベッドに迫ってくる。腰を抜かして動けないまま助けを求めて見上げた先の元祖キョーヤは、少し考え――得心したように頷いた。
「全部実行すれば公平だ」
「イヤーッ」
「暴れてもいいけど、ほどほどにね」
とうとう逃げ場のないわたしへ、四通りの笑顔が向けられる。
「どの僕も逃がすはずがないんだから」
***
「うーんアメーバ、分裂、ミカヅキモ……」
いつの間にか眠り込んでいたわたしはそんな寝言を言っていたという。揺り起こしてくれたキョーヤは、隣に横たわりながらわたしの額にかかる前髪を指で払った。
「うなされてたよ。悪い夢でも見たの」
「うーん、いい夢だったはずなんだけど……」
夢は夢、起きた途端に細かいことはわからなくなってしまう。それでも、楽しいものだったと思える。
「キョーヤがいたのは覚えてるよ。だからきっといい夢」
「……そう。それなら大丈夫だね」
「なんのこと?」
起き上がるキョーヤを追おうとしたそのとき――ドアがノックされ、ふたりが応じる隙もなく開かれていった。
ランダム単語ガチャ No.9483「ブラックスワン理論」
