「先生、脱いで」
校舎の中で聞いてはいけないことばだった。それも彼女の声では。
「待て、落ち着け、考え直してくれ」
思わず後ずさると、ぞんざいに放ってあったパイプ椅子にぶつかってけたたましい音を立てた。勢いあまって眼鏡がずれる。
マーカー片手に迫ってくる様子にはただならぬ真剣さが満ちている。どうして準備室にも脱出路を確保しておかなかったのだろうと己の判断を呪った。かといって扉の外へ助けを呼ぼうとしたらそれはそれで大惨事になる。とにかくあらぬ道へ踏み外しそうになる可愛い生徒を押しとどめるために両手を前に突き出した。
わずかに頭をもたげる本心を抑え込みながら。
「とにかくだめだ! そういうのはお前が大人になってから!」
「そういうの?」
目を丸くして立ち止まり、彼女は続いて首を傾げた。
「えっと、タトゥーを見せてほしいなって思ったんだけど……」
***
「そういうのってどういうの?」
「気にしないでくれ……オレがよこしまな心の持ち主だったのが悪いんだ……」
覗き込んでくる、ただただ好奇心にあふれた視線が痛い。彼女のお願いどおりにワイシャツを片側だけ脱いで腕を出すと、それはタトゥーに向けられたが。
「先生、ありがと。どうしても真似したかったの」
「いつもみたいに呼んでもいいぞ。もうオレたちしかいないからな」
「うん。ディーノ」
にっこり笑って、彼女もジャージの上を脱いで半袖の体操服姿になり座り込む。ちゃんと水性を持ってきてるよなとマーカーを確認しつつ、両脚の間に収まりにくる背に問いかけた。
「何でまた急に」
「だって、わたしもタトゥー入れたいって言ったらディーノ怒ったんだもん」
「当然。とっても痛いんだからな」
揃いになりたいと思ってくれたことは嬉しいが、それとこれとは別の問題。
「だからお手製ってことで。これでディーノのと同じ形に描くんだー」
そういえば、最近はあれこれと忙殺されてふたりきりになることすらできていなかった。寂しい思いをさせた反動で先ほどのような強硬手段に出たのかもしれない。いやあれはこちらの勘違いだったけれど。
「好きなだけお手本にしてくれ。あ、ブレないように支えとかないと……」
後ろから彼女のお腹に片腕を回すと耳をくすぐる笑い声が上がった。
こうして厳重に縛りつけておかなくとも、彼女とともに入ってきた時点で準備室には内鍵をかけてある。なにもそれは今回に限ったことではなくて。
その辺りを鑑みると――最初からこの執着はだだ漏れていたことになる。本気になれば一歩たりとも外へ逃がさないことだってできる状況を現在進行形で作り出しているのだから。
「悪人だなオレ……」
「ディーノは優しいよ」
「あぁ、ありがとう」
甘えてもたれかかってくるのをこうして自分のまま受け取れる立場でいられるように、これ以上のことをしないように、彼女を抱く力をほんの少し強めた。
